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小説

小説の推敲・改稿のやり方|構成から文章へ見直す順番

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この記事の答え

小説の改稿は、筋 → 人物の理由と情報 → 場面 → 文章の順に、重い課題から直します。

  • 直す前に一度通読し、問題を書き出してから「今回の改稿の目的」を一つに決める
  • 筋と人物を直すと場面が消えたり増えたりするので、文の言い回しは最後に、残った場面だけ直す
  • 直す前の版を残し、変えたこと・影響・残す個性を改稿メモに書いて、前の版と読み比べる
目次

書き上げた小説を頭から一文ずつ直したのに、読み返すとやはり何かが足りない。そう感じるときは、問題が文ではなく、筋や人物の側に残っているのかもしれません。この記事では、架空の短編「金魚の屋台」の初稿を使い、問題の書き出しから、重い順の改稿、版の残し方までを一続きで見せます。読み終えたら、自分の原稿で「今回はどこから直すか」を決められます。

直す前に、通読して問題を書き出す

改稿の最初の作業は、直すことではなく読むことです。一文ずつ直しながら読み進めると、目の前の文に気を取られて、話全体の問題が見えなくなります。

通読では次の三つだけを守ります。

手順通読のしかた

  1. 最後まで一度に読む。途中で文を直さない。誤字を見つけても、印を付けるだけにする。
  2. 気になった箇所を、場所と一緒に一行でメモする。「場面2・吉岡さんの台詞」のように、どこの話かが分かる書き方にする。
  3. メモには直し方を書かない。「ここが分かりにくい」「ここで退屈した」と、読んで起きたことだけを書く。直し方は、問題を全部並べてから考える。

書いた直後は、頭の中にある場面で文の足りない部分を補って読んでしまいます。できれば一日以上置き、画面の表示を変えるか紙に印刷して、他人の原稿のつもりで読みます。時間を置く理由や音読での点検は推敲とはで詳しく扱っています。

作例:短編「金魚の屋台」の初稿

ここからは、次の初稿を使って改稿の手順を見ていきます。夏祭りで金魚すくいの屋台を三十年出してきた父と、その娘の話です(作例として新しく書いた架空の短編で、問題をわざと残しています)。「ポイ」は金魚すくいで使う、紙を張った丸い網のことです。

作例初稿「金魚の屋台」(約700字)

父が先週から入院しているので、今年の夏祭りの金魚すくいは休みになるはずだった。真帆はとてもほっとした。小さいころから、金魚すくいが嫌いだったからだ。

五歳の夏、真帆は初めて屋台を手伝った。父はポイの持ち方を教えてくれた。紙が破れないように、枠の外側に指をかけて、斜めに水に入れる。真帆は何度やっても紙を破った。父は笑っていた。真帆は泣いた。母がかき氷を買ってきてくれた。その夜は花火が上がったが、真帆は屋台の裏で眠ってしまい、見られなかった。小学生になると、毎年手伝わされた。友だちが浴衣で歩いていくのを、真帆は水槽の向こうから見ていた。中学に上がると、真帆は手伝いを断るようになった。父は何も言わなかった。

祭りの前の日、隣でたこ焼きの屋台を出している吉岡さんが家に来た。
「金魚、もう届いちゃってるんだよ。真帆ちゃん、やってくれないか」
真帆は断れなかった。友だちの彩とは、土曜日の花火を一緒に見る約束をしていた。真帆はとても困ったと思った。

当日、真帆は朝から水槽を準備した。父から電話がかかってきて、ポンプの入れ方を説明された。真帆は、それくらい分かっていると思った。

夕方になると、客が来はじめた。小さな男の子がポイを破った。真帆は一匹おまけした。男の子は喜んだ。

途中から吉岡さんが手伝ってくれたので、屋台はうまく回った。金魚はほとんどなくなった。

日曜日の花火が上がった。真帆は屋台の中から花火を見た。ふと見ると、会場の端に父が立っていた。父は真帆に手を振った。

真帆は、父がなぜ三十年も金魚すくいを続けてきたのか、少し分かった気がした。とても嬉しいと思った。

通読メモ(並べ替える前)

この初稿を通読して、気になったことを出てきた順に書き出すと、次のようになります。

番号 場所 読んで気になったこと
1 冒頭 「金魚すくいが嫌い」の理由が、泣いた・花火を見られなかった・友だちを見ていた、と散らばっていて一つに決まらない
2 回想 五歳の回想が長い。全体の三分の一近くが過去の話
3 吉岡さんの依頼 真帆が屋台に立つのは頼まれたから。自分で決めていない
4 吉岡さんの依頼 彩との約束をどうしたのか、最後まで書かれていない
5 準備・電話 この場面で何も起きない。なくても話が通じる
6 男の子 一番の山場のはずなのに、三行で終わる
7 吉岡さんの手伝い 屋台がうまくいくのは吉岡さんのおかげ。真帆の行動で解決していない
8 花火 約束は土曜日の花火なのに、日曜日の花火になっている
9 花火 入院中の父が、会場に立っている
10 結末 「分かった気がした」「嬉しいと思った」と、気持ちの説明で終わる
11 全体 「とても」「〜と思った」「真帆は」が何度も続く

メモの段階では、重いものと軽いものが混ざっていて構いません。大事なのは、直し始める前に全部を一覧にすることです。

問題を「筋・人物と情報・場面・文章」に分け、重い順に並べる

書き出した問題を、次の四つに分けます。上にあるものほど、直したときにほかの部分へ影響が広がります。

段階 確かめること 直すと起きること
1 筋 主人公の望み・選択・結果が、主人公自身の行動でつながっているか 場面が消える、増える、順番が変わる、結末が変わる
2 人物と情報 人物が動く理由は一つに定まっているか。いつ・誰が・何を知っているか、事実が食い違っていないか 台詞や回想の中身が変わる。場面の追加が必要になることもある
3 場面 各場面に役割があるか。山場に字数を配っているか 場面の中の出来事や長さが変わる
4 文章 語尾・主語・言葉の反復、説明しすぎの文 その文だけが変わる

通読メモを当てはめると、こうなります。

段階 該当するメモ 判断
1 筋 3(自分で決めていない)、7(他人が解決する)、10(結末の形) 最優先。ここを直すと、吉岡さんの場面二つと結末が変わる
2 人物と情報 1(嫌いな理由)、4(約束の行方)、8(土曜と日曜)、9(入院中の父) 筋を直したあとに合わせる。筋の直し方で答えが変わるため
3 場面 2(回想が長い)、5(何も起きない場面)、6(山場が短い) 筋と人物が決まってから、配分を決め直す
4 文章 11(語尾と反復)、10(結末の言い回し) 最後。残った場面だけを直す

結末(メモ10)は二つの段階に入っています。「最後に何が起きるか」は筋の問題で、「それをどんな言葉で書くか」は文章の問題だからです。

文章から直すと、手戻りが出る

この順番を守る理由は、むだな作業を減らすためです。たとえば初稿の「とても」「〜と思った」を先に全部直したとします。ところが筋を直す段階で、吉岡さんが手伝う場面と準備の場面は丸ごと削ることになります。そこで整えた文は、場面と一緒に消えます。

反対に、筋を先に直しておけば、文章を直す対象は「最後まで残る場面」だけになります。直す量が減るうえ、場面の役割が決まっているので、どの文を残すべきかも判断しやすくなります。

今回の改稿の目的を一つに決める

問題を並べたら、この回の改稿で何を達成するかを一文で決めます。一度に全部を良くしようとすると、筋を直しながら文の調子も変え、ついでに題名も考え……と手が広がり、どの変更が効いたのか分からなくなります。

「金魚の屋台」の今回の目的は、次の一文にしました。

要点今回の改稿の目的

真帆が自分で屋台に立つと決め、その結果として父との関係が少し変わる話にする。

目的が決まると、この回で触る範囲と、次の回へ回す範囲が分かれます。

改稿の目的の例 この回で触る範囲 この回では触らない範囲
主人公の選択を、自分の行動にする 筋、選択と結果の場面 文の言い回し、題名
応募規定の枚数に収める 場面の削除・統合、回想の圧縮 新しい場面の追加
人物が動く理由を読者に伝える 人物の理由、理由が見える場面 結末の出来事
語りの調子をそろえる 文章(語尾、地の文の距離) 場面の順番

二つ以上の目的があるときは、表の上にあるものほど先にします。筋を直せば場面が変わり、枚数も変わるので、枚数を合わせる回は筋の回のあとに置くほうが手戻りがありません。

感想や講評をもらっていて、どの指摘を目的にするか迷っている場合は、先にもらった感想を改稿に生かす方法で、採用する指摘を選んでから目的を一つにします。

全体の筋を確かめる:望み・選択・結果を主人公の行動でつなぐ

筋を確かめるには、原稿を「望み・障害・選択・結果」の四行に縮めます。初稿から四行を書き出してみると、どこが抜けているかがはっきりします。

決めること 初稿から読み取れること 改稿で決めたこと
望み 休みでほっとしている。望みがはっきりしない 屋台が休みの今年こそ、彩と浴衣で花火を見たい
障害 吉岡さんに頼まれて断れない 父がけがの前に注文した金魚が、祭りの朝に届いてしまう
選択 なし(頼まれたので屋台に立つ) 吉岡さんに金魚を任せる楽な道を断り、自分で屋台を開ける
結果 吉岡さんの手伝いでうまくいく。父が会場に来る 屋台の中から、父と同じ半分だけの花火を見て、父に電話で音を聞かせる

初稿の一番大きな問題は、選択の行が空いていることでした。頼まれて立ち、手伝ってもらって終わる話では、主人公が何もしていません。改稿では、吉岡さんの役割を「頼む人」から「楽な道を差し出す人」へ変えました。吉岡さんの申し出を断ることで、屋台に立つのは真帆が選んだことになります。

ただし、選ぶには理由がいります。そこで、去年一匹もすくえなかった近所の男の子・陸を、選択の直前の場面に登場させました。初稿の結末近くに名前もなく出てきた「小さな男の子」を、前へ移して役割を持たせた形です。

場面の並びを、四行に合わせて組み直す

四行が決まったら、場面の並びを見直します。

初稿の場面 改稿の場面 変えた理由
1 父の入院と、長い五歳の回想 1 祭りの朝、金魚の箱が届く。吉岡さんが引き取りを申し出る 「今日、何が起きたか」から始め、障害と楽な道を最初に見せる
2 吉岡さんの依頼 2 陸が「今年ないの?」と聞きに来る。真帆が屋台を開けると決め、彩に断りを送る 選択の場面。理由(陸)と代償(彩との約束)を同じ場面に置く
3 準備と父の電話 (削除) 何も起きない場面。電話は結末へ移した
4 男の子の客(三行) 3 陸のポイが破れ続け、父に教わったやり方で一緒にすくう 山場。回想はここに三行だけ入れる
5 吉岡さんの手伝い (削除) 他人が解決する場面は、選択を弱める
6 花火と、会場に来る父 4 屋台の奥から半分の花火を見て、父に電話する 結果の場面。父は会場に来ない(理由は次の段階で)

この段階では、まだ文章を整えません。場面ごとに「何が起きて、主人公が何をするか」を一、二行で決めておけば十分です。結末までの因果を表で組み立て直す方法は小説のプロットの書き方でも扱っています。

人物の理由と、情報の食い違いをそろえる

筋が決まったら、人物が動く理由と、作中の事実を筋に合わせます。この順番にするのは、筋の直し方によって、必要な理由や事実が変わるからです。たとえば初稿のままの筋なら「彩との約束」は捨ててよい情報でしたが、改稿では選択の代償として欠かせない情報になりました。

人物の理由は、一つに絞って場面に置く

初稿では「金魚すくいが嫌い」の理由が三つ散らばっていました。改稿では、結末とつながる一つに絞ります。

  • 残した理由:父は祭りの夜、いつも屋台の中にいた。だから父と花火を見た覚えが一つもない。
  • 削った理由:泣いたこと、友だちを見ていたこと、母のかき氷。

残した理由は、結末で「屋台の中から半分の花火を見る」「父に音を聞かせる」行動の意味を支えます。理由を一つにすると、結末で説明しなくても読者がつなげられます。

いつ・誰が・何を知っているかを確かめる

情報の確認では、出来事の日付や場所だけでなく、その人物がその時点で知りえたかも見ます。

確認した点 初稿 改稿での扱い
父の状態 入院中なのに、結末で会場に立つ 腰を痛めて家で寝ている。会場には来られないので、電話で花火の音を聞く
花火の日 約束は土曜、結末は日曜 祭りの夜の一回に統一
彩との約束 書かれたまま放置 場面2で断りを送り、返事まで書く
陸が去年すくえなかったこと (陸がいない) 去年、父が夕飯のときに話していたことにする。真帆が知っている理由を本文に置く

最後の行のように、改稿で人物や出来事を足すと、新しい「知っているはずのこと」が生まれます。足した情報ほど、誰がいつ知ったかを書き添えておくと、読み返すときの点検が楽になります。

場面を削る・まとめる・広げる

筋と人物が決まったら、場面の中身と長さを直します。ここでの判断は三つです。

  • 削る:なくても筋が通る場面。初稿の「準備と電話」「吉岡さんの手伝い」。
  • まとめる:一つの場面で済む出来事。初稿の長い回想は、山場の中の三行にまとめた。
  • 広げる:選択と結果の場面。初稿では三行だった男の子の場面を、一番長い場面にした。

山場を広げ、回想をその中へ移す

山場の場面

初稿

夕方になると、客が来はじめた。小さな男の子がポイを破った。真帆は一匹おまけした。男の子は喜んだ。

改稿(場面3)

夕方、陸は母親と一緒に来た。三本目のポイも、水に入れたとたん真ん中に穴が開いた。
「力、入れすぎ」
言ってから、真帆は自分の声が父に似ていると思った。
五歳の夏、同じことを言われて泣いた。父は真帆の手ごとポイを持ち、枠の外側に指をかけさせて、斜めに水へ入れた。紙が水を切る感じを、今も指が覚えている。
真帆は四本目を渡し、陸の手に自分の指を添えた。
「斜めに入れて。すくうんじゃなくて、端に乗せる」
赤い一匹が、紙の縁に乗った。陸がそれを椀に移すまで、真帆は息を止めていた。

変更の理由

  • 初稿では「おまけ」で済ませていたため、真帆が何もしていませんでした。改稿では、父に教わったやり方を真帆が陸に教えることで、父から真帆へ、真帆から陸へと手渡す場面にしました。
  • 初稿の冒頭にあった五歳の回想は、この場面に三行だけ移しました。過去は、それを思い出すきっかけ(「力、入れすぎ」という自分の声)がある場所に置くと、説明に見えにくくなります。
  • 「枠の外側に指をかけて、斜めに水に入れる」は、初稿で一番具体的だった描写です。削らずに、山場の中心へ移して残しました。

結末は、筋で決めた「最後の行動」で終える

結末の場面

初稿

日曜日の花火が上がった。真帆は屋台の中から花火を見た。ふと見ると、会場の端に父が立っていた。父は真帆に手を振った。
真帆は、父がなぜ三十年も金魚すくいを続けてきたのか、少し分かった気がした。とても嬉しいと思った。

改稿(場面4)

最初の花火が上がると、水槽の前から人がいなくなった。真帆は屋台の奥に座ったまま、テントの切れ目から空を見上げた。ここからだと、花火は半分しか見えない。
家に電話をかけると、父はすぐに出た。
「どうだ」
真帆は答えずに、スマートフォンを音のする方へ高く掲げた。

変更の理由

  • 「半分しか見えない」は、父が三十年見てきた花火でもあります。場面1で「父は祭りの夜、いつも屋台の中にいた」と置いてあるので、説明しなくても読者がつなげられます。
  • 父を会場に来させる案は、情報の確認で「父は動けない」と決めたため使えなくなりました。代わりの電話のほうが、真帆が自分から父に何かを渡す行動になります。
  • 気持ちの言葉で終える結末がいつも悪いわけではありません。一人称で、語り手の言い方そのものに味がある作品なら、最後の一文で気持ちを言い切る形も合います。

文章は最後に、残った場面だけ直す

筋・人物・場面を直すと、新しく書いた文がたくさん混ざります。構成を直している間は、そこを整えなくて構いません。文章の段階で、残った場面だけをまとめて直します。

下は、構成を直した段階で書いた場面1の一部と、文章の段階で直したあとです。

場面1の一部(文章の段階)

構成を直した直後

真帆はとても困ったと思った。今夜は彩と浴衣で花火を見る約束をしていたからだ。真帆は金魚すくいが嫌いだった。なぜなら、父は三十年、祭りの夜はいつも屋台の中にいたからだ。真帆は五歳で初めて手伝った夜、花火の時間に屋台の裏で眠ってしまった。真帆はそれから毎年手伝ったのに、父と花火を見たことは一度もなかった。

文章を直したあと(朱は削除、緑は追加)

真帆はとても困ったと思った。今夜は彩と、浴衣で花火を見る約束をしていたからだがある。
真帆は金魚すくいが嫌いだった。なぜなら、父は三十年、祭りの夜はいつも屋台の中にいたからだ。真帆は五歳で初めて手伝った夜、真帆は花火の時間に屋台の裏で眠ってしまった。真帆はそれから毎年手伝ったのに、父と花火を見たことは一度もなかった覚えは一つもない。

変更の理由

  • 「とても困ったと思った」は削りました。直前で吉岡さんの申し出に「うなずきかけた」と書いてあり、迷いは行動で伝わっているからです。
  • 「〜からだ」「なぜなら」が続くと、理由を一つずつ読み上げる調子になります。事実を並べるだけで因果は読み取れるので、つなぎの言葉を外しました。
  • 「真帆は」が文頭に四回続いていたので、二回を削り、一回は文の途中へ移しました。文頭に残したのは「真帆は金魚すくいが嫌いだった」の一回だけです。
  • 「真帆は金魚すくいが嫌いだった」という説明の文は残しました。理由がすぐ後に具体的に続くので、説明の一文があるほうが、読者は迷わずに読めます。説明の文をすべて場面に置き換える必要はありません。

この段階で見るのは、語尾の偏り、近くでの同じ言葉の繰り返し、主語の連続、説明しすぎの文です。それぞれの細かな直し方は同じ語尾が続くときの直し方や同じ言葉を繰り返すときの直し方で比べています。誤字・脱字や表記の統一は、文章を直し終えたあとに、別の回として確認します。

改稿版の全文

三つの段階を終えた改稿版です。初稿と並べると、残した部分と変えた部分が見えます。

作例改稿版「金魚の屋台」(約800字)

祭りの朝、玄関に発泡スチロールの箱が二つ届いた。ふたに父の字の注文票が貼ってある。〈例年どおり 小赤二百〉。
父が腰を痛めて寝こんだのは、この注文を出した三日後だった。今年の金魚すくいは休む、と母が町内会に伝えてある。
「うちで引き取って、子ども会で配ろうか」
隣でたこ焼きの屋台を出す吉岡さんが、箱をのぞいて言った。真帆はうなずきかけた。今夜は彩と、浴衣で花火を見る約束がある。
真帆は金魚すくいが嫌いだった。父は三十年、祭りの夜はいつも屋台の中にいた。五歳で初めて手伝った夜、真帆は花火の時間に屋台の裏で眠ってしまった。それから毎年手伝ったのに、父と花火を見た覚えは一つもない。

昼すぎ、近所の陸が自転車で来た。
「金魚すくい、今年ないの?」
小学二年の陸は、去年ポイを五本破って、一匹もすくえなかった。「来年こそ」と言って帰ったと、父が夕飯のときに笑っていた。
「……夕方から、やるよ」
口が先に答えていた。陸が帰ってから、真帆は吉岡さんに頭を下げ、彩に〈ごめん、花火行けなくなった〉と送った。返事はすぐに来た。〈りょ。来年ね〉

夕方、陸は母親と一緒に来た。三本目のポイも、水に入れたとたん真ん中に穴が開いた。
「力、入れすぎ」
言ってから、真帆は自分の声が父に似ていると思った。
五歳の夏、同じことを言われて泣いた。父は真帆の手ごとポイを持ち、枠の外側に指をかけさせて、斜めに水へ入れた。紙が水を切る感じを、今も指が覚えている。
真帆は四本目を渡し、陸の手に自分の指を添えた。
「斜めに入れて。すくうんじゃなくて、端に乗せる」
赤い一匹が、紙の縁に乗った。陸がそれを椀に移すまで、真帆は息を止めていた。

最初の花火が上がると、水槽の前から人がいなくなった。真帆は屋台の奥に座ったまま、テントの切れ目から空を見上げた。ここからだと、花火は半分しか見えない。
家に電話をかけると、父はすぐに出た。
「どうだ」
真帆は答えずに、スマートフォンを音のする方へ高く掲げた。

変更前の版を残し、改稿メモで比べる

改稿では、前の版を上書きせずに残します。直した結果が、前より悪くなることもあります。前の版がなければ、どこで何を失ったのかを確かめられず、戻すこともできません。

版ごとにファイルを分け、名前で段階が分かるようにする

ファイル名の例 中身 いつ作るか
金魚の屋台_01_初稿 書き上げたままの版。以後は開いても編集しない 初稿を書き終えたとき
金魚の屋台_02_構成 筋・人物・場面を直した版 構成の回を始めるとき、01を複製して作る
金魚の屋台_03_文章 文章を直した版 文章の回を始めるとき、02を複製して作る

番号を先に付けると、ファイルが作った順に並びます。「最新」「修正版」のような名前は、二回目の改稿で区別がつかなくなるので避けます。ファイルの保存先を分けておく方法や、消えたときに戻せるかの確認は小説原稿のバックアップ方法で扱っています。

アプリの機能で版を比べることもできます。Windows版のWord(Microsoft 365など)では、「校閲」タブの「比較」から元の文書と変更された文書を選ぶと、違いを変更履歴の形で示した新しい文書が開き、比べた二つのファイル自体は変わりません。Googleドキュメントでは、右上の変更履歴(最終編集)のアイコンから以前の版を表示でき、「この版に名前を付ける」で区切りの版に名前を付けたり、「この版を復元」で戻したりできます。ただし、機能で分かるのは「どの文字が変わったか」までです。その変更が作品を良くしたかどうかは、自分で読み比べて判断します。

改稿メモに、変えたこと・影響・残す個性を書く

版を分けるのと一緒に、改稿の回ごとにメモを一枚残します。「金魚の屋台」の構成の回のメモは、次のようになります。

項目 記入例
改稿の目的 真帆が自分で屋台に立つと決め、その結果として父との関係が少し変わる話にする
変えたこと 吉岡さんの依頼を、真帆の選択に変えた。準備・電話の場面と、吉岡さんの手伝いの場面を削った。回想を山場の中へ三行で移した。父は入院から自宅療養へ。花火は祭りの夜の一回に統一。結末を電話の場面にした
変更の影響 吉岡さんの出番は場面1の申し出だけになった。陸を場面2で登場させる必要ができた。字数は約700字から約800字に増えた
残す個性 ポイの扱いの具体(枠の外側に指、斜めに入れる)。屋台の中から外を見る位置。山場の短い文で区切る語り
削ったもの 母のかき氷、中学で手伝いを断った話。どちらも選択と結果に関わらないため。母は次の版で必要になれば戻す
保留 題名。陸の母親の台詞を入れるか

特に大事なのは残す個性の欄です。改稿を重ねると、問題を取り除くことに気を取られ、初稿で一番生きていた描写や語り口まで平らにしてしまうことがあります。改稿の前に「これは残す」と書いておけば、直したあとの版と読み比べるときの基準になります。

ひな形改稿メモ(コピーして使えます)

作品名/版:
改稿の目的(一文):
この回で触らない範囲:
変えたこと:
変更の影響(ほかの場面・人物・字数):
残す個性(描写・語り口・台詞など):
削ったもの(理由):
保留(次の回で判断すること):
読み比べた結果(戻した箇所があれば):

読み比べて、戻す箇所を決める

改稿版ができたら、前の版と並べて読みます。見るのは次の三つです。

確認表前の版と読み比べるときの確認

  • 改稿の目的は達成できたか(「金魚の屋台」なら、屋台に立つのは真帆の選択になったか)
  • 「残す個性」に書いたものは、改稿版にも残っているか。言い換えで弱くなっていないか
  • 改稿で足した情報や人物が、新しい食い違いを生んでいないか
  • 前の版のほうが良かった箇所はないか。あれば、その箇所だけ前の版から戻す

前の版から一部を戻すのは、改稿の失敗ではありません。版を残しておく目的の一つは、この「部分的に戻す」ができるようにすることです。

全文を書き直すのは、目的そのものが変わるとき

この記事の手順は、初稿の多くの部分を生かしながら直す方法です。ただ、次のような場合は、一文ずつの手直しより、設計からやり直すほうが早くなります。

こんなとき 理由
主人公や視点人物を変える 誰が何を知っているかが全部変わり、ほぼすべての文に影響する
結末を変え、結末に向かう理由も変わる 前半の場面の役割が変わり、残せる場面が少なくなる
筋を直したら、初稿の場面の半分以上が残らない 残った場面をつなぎ合わせるより、新しい場面表から書くほうが流れが自然になる

この場合も、初稿は捨てずに残しておきます。新しい版を書きながら、初稿から使える描写や台詞を拾えるからです。新しい筋から場面を組み立てるときは、先に紹介したプロットの書き方に戻ります。

反対に、問題が文章の段階だけにあるなら、筋から見直す必要はありません。通読メモに挙がったのが語尾や言葉の繰り返しばかりなら、文章の段階だけを一回行えば足ります。

自分で直しても迷いが残ったら

一回の改稿で全部が解決するとは限りません。目的を一つ決めて直し、読み比べ、次の目的を決める。この繰り返しで、少しずつ原稿を前へ進めます。作品の形式を選んで、自分の原稿で確かめる項目を一覧にして印刷・保存したいときは作品別の推敲チェックが使えます。

それでも「筋を直したが、選択の理由が読者に伝わっているか分からない」のように、自分では判断できない疑問が残ることがあります。そのときは、疑問を一つか二つの具体的な質問にしてから、人に読んでもらいます。どんな作業(感想・講評・添削・校正)を頼めばよいかは小説の添削はどこに頼む?で比べられ、伝えたい目的や質問は講評・添削の依頼メモで整理できます。改稿メモの「改稿の目的」と「保留」の欄は、そのまま依頼の材料になります。