本文へ移動
エッセイ

エッセイの推敲のやり方|題材・構成・文章を順に見直す

PRこの記事には広告リンクを含みます。広告と紹介の基準

この記事の答え

エッセイの推敲は、言い回しより先にこの一篇で何を残すかを一行で決め、大きい単位から順に直します。

  • ①体験と気づきを一行に書く → ②段落ごとの役割を見て、順番と要不要を決める → ③抽象的な言葉と、読み手が知らない前提を直す → ④語尾・重複・長さを整える → ⑤時間を置いて読後の印象を確かめる
  • 焦点が決まらないまま言い換えを続けても、話のぼやけは直りません。文の手直しは④からです
  • 整った文体にそろえるのが目的ではありません。語り口として効いている反復や言い切らない文は残します
目次

エッセイを何度読み返しても、言い換えを重ねるほど何の話か分からなくなる。そういうときは、文の問題より先に、この一篇で何を残すかが決まっていないのかもしれません。この記事では、架空の書き手が「網戸を初めて自分で張り替えた日」を書いた初稿を使い、焦点、段落、具体性、文、読後の印象の順に直していきます。最後に改稿版の全文と、変えた箇所・理由・別案をまとめた改稿表を載せるので、同じ順番で自分の原稿を見直せます。

推敲は大きい単位から小さい単位へ進める

順番を間違えると、推敲の手間がむだになります。一文ずつ整えた段落を、あとで丸ごと削ることになるからです。エッセイでは次の五段階で、大きい単位から見ていきます。

段階 見るもの この段階ではまだ触らないもの
1 何を残すか 一篇の中心になる体験と、そこから生まれた気づき 段落の順番、言い回し
2 段落の役割 各段落が中心に対して何をしているか。順番と要不要 一文ごとの表現
3 具体性と前提 中身が見えない言葉、読み手が知らない人や出来事 語尾、字数の細かい調整
4 語尾・重複・長さ 同じ語尾や言葉の続き方、一文の長さ、全体の字数 (ここで初めて文に手を入れる)
5 読後の印象 時間を置いて読み、一行で言い直したとき中心と一致するか —

推敲という言葉の意味や、校正との違いは推敲とは?校正との違い・文章を直す順番で扱っています。この記事では、文芸エッセイの初稿にこの順番を当てはめたとき、何を見てどう判断するかを作例で示します。

作例:網戸の張り替えを書いた初稿

以下は、この記事のために作った架空のエッセイの初稿です。四十代の書き手が、一人で暮らすアパートの網戸を初めて自分で張り替えた日のことを書いています。気になるところを探しながら読んでみてください。

作例初稿「網戸」(架空・約750字)

夏になると虫が気になる。特に私の部屋はアパートの一階なので、蚊がよく入ってくる。去年の夏も、何度も夜中に起こされて本当に困った。網戸の角が裂けているのは前から知っていた。

今年こそはと思い、網戸を自分で張り替えることにした。例の件以来、父には頼めなくなったので、自分でやるしかなかった。

ホームセンターに行くと、網戸のコーナーには網が何種類も並んでいて驚いた。目の細かいもの、ペットが引っかいても破れにくいもの、外から見えにくいもの。店員さんに聞くと、とても親切に教えてくれた。最近のホームセンターは本当にサービスがいいと思った。結局、普通の網と、押さえゴムと、ローラーを買った。

家に帰って、さっそく作業を始めた。網戸を外し、古いゴムを外して、網をはがした。枠をぞうきんで拭いた。新しい網を枠にかぶせて、ゴムをローラーで溝に押し込んでいった。ところが、二辺目に入ったあたりで網がたるんできた。ゴムを抜いてやり直しても、またたるんだ。

そのとき、父がやっていたことを思い出した。父は毎年夏の前になると、実家の網戸を全部張り替えていた。父はいつも丁寧だった。私は横で見ているだけだったが、父は網の端を左手の指でずっと押さえていた。あれはたるませないためだったのだと思った。

私も同じように、左手で網を引っ張りながらゴムを押し込んだ。すると今度はうまくいった。余った網をカッターで切って、窓にはめた。思ったより時間がかかって、終わったときには夕方になっていた。

その夜は蚊に起こされずに眠れた。父に電話しようかと思ったが、やめた。兄にはLINEで写真を送った。網戸の張り替えは大変だったが、やってみてよかったと思った。父のありがたさが本当によく分かった。これからは親孝行をしたいと思った。

出来事の流れに無理はなく、文法の誤りもほとんどありません。課題は、読み終えたあとに残るのが「網戸の張り替えは大変だが、父のありがたさが分かった」という、誰の体験にも当てはまりそうな感想になってしまうことです。言い回しを磨いてもこの印象は変わりません。以下の五段階で、大きいところから直します。

1 何を残す作品かを一行で書く

最初にするのは、文を直すことではなく、この一篇で読み手に残したいものを一行で書くことです。エッセイの場合、一行には次の二つを入れます。

  • 体験:何をしたか。出来事の中で、一番大事な瞬間はどこか
  • 気づき:その体験の前と後で、何の見え方が変わったか

初稿を読み返して、書いていて手応えのあった場面に印を付けます。作例では、網がたるみ、父の左手を思い出す第五段落です。一方、結びの「父のありがたさ」「親孝行」は、書き終える前に急いで付けた結論で、網戸の作業から直接出てきた気づきではありません。

試した一行 判断
網戸を自分で張り替えて、父のありがたさが分かった 誰の体験でも言える。「ありがたさ」の中身が網戸の作業と結び付いていない
網戸の張り替えは思ったより大変だった 体験だけで、気づきがない
父がいつも網の端に置いていた左手の意味が、自分で張り替えて初めて分かった 体験(張り替え)と気づき(左手の意味)が一つの場面でつながる。これを残す

三つ目の一行が決まると、段落を残すか削るかの基準ができます。「この段落は、左手の意味が分かる瞬間へ読み手を連れていくのに必要か」と問えばよいからです。

注意一行が決められないとき

候補が二つ以上あって決められないときは、どちらにも一篇にできるだけの材料があるのかもしれません。作例でも、ホームセンターの店員とのやりとりは、別の一篇の種になり得ます。一つに決め、残りは題材のメモに移しておきます。書きたいことがそもそも絞れていない段階なら、エッセイのネタがないときの探し方で題材を一つに絞るところから始めてください。

2 段落ごとの役割を書き出し、順番と要不要を決める

一行が決まったら、段落ごとに「何が書いてあるか」と「一行に対してどんな役割か」を書き出します。役割を言えない段落は、削るか、ほかの段落へ吸収する候補です。

段落 書いてあること 一行に対する役割 判断
1 夏は虫が気になる。蚊に起こされる 張り替える理由 理由は一文で足りる。冒頭から外し、2へ吸収
2 張り替えを決めた。父に頼めない 自分でやるしかない事情 残す。「例の件」が読み手に分からない(段階3で直す)
3 網の種類、店員の親切さ なし(別の話題) 削る。買った物だけ一文で残す
4 作業の手順。二辺目でたるむ 気づきの直前の手詰まり 残す
5 父の作業を思い出す 気づきの中心 残して字数を増やす。「丁寧だった」を具体にする(段階3)
6 真似してうまくいく。夕方になる 気づきを体で確かめる 残す。何が分かったのかをはっきり書く
7 眠れた。兄にLINE。父のありがたさ、親孝行 結び 兄とLINEは削る。結論の言い切りも削り、5・6の場面で伝える

表にすると、初稿の約750字のうち、第1段落と第3段落の大部分、第7段落の後半が、一行に対して役割を持っていないことが分かります。

段落の順番を決める

役割が分かったら、並べ方を決めます。初稿は「夏になると虫が気になる」という一般的な話から入り、時間の順に進んでいます。気づきの中心が父の左手なら、父が網戸を張り替えていたころの場面を先に置くと、読み手は最後に「あのときの父」を思い出しながら読めます。

並べ方 冒頭に置くもの 向く場合
A 時間の順(初稿) 蚊に困っている今 出来事の経過そのものを読ませたいとき
B 過去の場面から(改稿で採用) 実家で父が網戸を張り替えていた日曜 最後に、過去の場面の意味が変わる構成にしたいとき
C 手詰まりの瞬間から 網がたるみ、ゴムを抜き直すところ 字数が限られていて、緊張のある場面からすぐ入りたいとき

改稿ではBを採りました。冒頭では父の左手に触れず、「縁側から見ていた」とだけ書いておき、最後にその見方が変わる形です。Cも十分に有効な別案で、字数の上限が厳しい場合や、作業の場面を中心にしたい場合はこちらが合います。出来事と考えをつなぐ組み立て方は、エッセイの構成の作り方で三つの型を比べています。

3 中身の見えない言葉と、読み手が知らない前提を直す

順番が決まったら、段落の中身を見ます。ここで直すのは二種類です。

  1. 中身の見えない言葉:「丁寧」「親切」「大変」「ありがたさ」のように、書き手には中身が見えていて、読み手には見えない言葉
  2. 前提の省略:「例の件」「兄」のように、書き手は知っていて、読み手は知らない人や出来事

「丁寧だった」を、見ていたものに置き換える

初稿(第5段落)

そのとき、父がやっていたことを思い出した。父は毎年夏の前になると、実家の網戸を全部張り替えていた。父はいつも丁寧だった。私は横で見ているだけだったが、父は網の端を左手の指でずっと押さえていた。あれはたるませないためだったのだと思った。

改稿

もう一度ゴムを抜きながら、父の左手を思い出した。父はローラーを右手で転がしながら、左手の指をいつも網の端に置いていた。何をしているのか、聞いたことはなかった。手持ち無沙汰なのだろうと思っていた。

変更の理由

  • 「丁寧だった」は、父の作業を書き手がどう見ていたかの要約です。要約の代わりに、右手と左手がそれぞれ何をしていたかを書きました。
  • 「たるませないためだった」という答えは、この段落ではまだ書きません。当時の思い込み(手持ち無沙汰なのだろう)を置いておくと、次の段落で見方が変わる幅が生まれます。
  • 父が網戸を張り替えていた習慣は、改稿では冒頭の段落へ移しました(段階2で決めた順番)。
  • 「丁寧」の一語で済ませてよい場合もあります。父の作業が一篇の中心でなければ、詳しく書くほど焦点がそちらへ移ります。

「例の件」を、必要な分だけ補う

初稿(第2段落)

今年こそはと思い、網戸を自分で張り替えることにした。例の件以来、父には頼めなくなったので、自分でやるしかなかった。

改稿

去年までなら、隣の市に住む父に電話すれば道具を持って来てくれた。冬に父が手首を痛めてからは、それも頼めない。自分でやるしかなかった。

変更の理由

  • 「例の件」は書き手には説明のいらない言葉でも、読み手には何のことか分かりません。分からないまま読み進めると、「何か重い事情があるのか」と、そちらへ気が取られます。
  • 補ったのは、この一篇に必要な分だけです。けがの経緯や父の今の様子までは書きません。書けば、話の中心が父の体調へ移ります。
  • 事情を書かずにおきたいなら、「父には頼めなくなった」とだけ書く方法もあります。思わせぶりな言葉で関心を引くより、何も匂わせないほうが読み手は迷いません。

第7段落の「兄にはLINEで写真を送った」も、前提の省略です。兄は初稿の中で一度も紹介されず、最後に突然出てきます。一度しか出てこない人物は、補うより削るほうが一篇がまとまります。

家族のけがや病気のように、実在の人の事情を書くときは、読み手に伝わるかどうかとは別に、公開してよい範囲かも確かめておきます。確認の観点はエッセイに家族や知人を書くときの確認にまとめています。

具体性は、覚えている事実から足す

エッセイの推敲で具体性を足すときに守りたいのは、起きていないことを書き足さないことです。場面を生き生きさせたくなると、言っていない言葉や見ていない表情を足したくなりますが、それは事実の変更です。

  • 作例の改稿で足した細部(梅雨の前の日曜、庭に並べた網戸、縁側、指に残った網の跡)は、どれも書き手が覚えていて、初稿では書き落としていたもの、という設定です。
  • 思い出せない細部を足したくなったら、足さずにおくか、「だったと思う」と記憶のあいまいさを残した形で書きます。
  • 過去の場面を冒頭に置くのは、書く順番の工夫です。出来事の起きた順番や結果そのものを変えることとは分けて考えます。作例でも、初稿の「ゴムを抜いてやり直しても、またたるんだ」という失敗の回数は、改稿で増やしていません。

4 語尾・重複・長さを整える

ここで初めて、文の単位で手を入れます。直す前に、重なっている言葉を数えると、どこに手を入れるかが見えます。

言葉 初稿の回数 改稿での扱い
本当に 3回 すべて削る。強めたい気持ちは、場面の中身で伝える
〜と思った 5回 2回にする。当時の思い込み(思っていた)と、今の見方(思う)だけを残す
父は(第5段落) 3回 同じ段落で主語が続くところは省く

語尾は、単調さより役割で選ぶ

語尾の「た」が続くことは、それだけでは直す理由になりません。改稿では、作業の場面の語尾を次のように分けました。

作業の手順と結果で、語尾を分ける

初稿(第4段落の一部)

網戸を外し、古いゴムを外して、網をはがした。枠をぞうきんで拭いた。新しい網を枠にかぶせて、ゴムをローラーで溝に押し込んでいった。ところが、二辺目に入ったあたりで網がたるんできた。

改稿

古いゴムを抜き、網をはがし、枠を拭く。新しい網をかぶせ、ゴムをローラーで溝に押し込んでいく。一辺目はうまくいった。二辺目に入ったところで、網がたるんだ。

変更の理由

  • 手を動かしている手順は「拭く」「押し込んでいく」と現在形で書き、うまくいった・たるんだという結果だけを「た」で区切りました。読み手は、作業の流れと、その流れが止まる瞬間を区別して読めます。
  • 初稿の「外し」「外して」の重なりは、「抜き」に変えて解消しています。
  • 全部を「た」のままにする書き方も間違いではありません。語尾を変えるのは単調さを消すためではなく、手順と結果を分けて見せたいからです。分ける必要がなければ、「た」の連続で淡々と書くほうが合う作品もあります。

語尾の偏りの見つけ方と直し方は、同じ語尾が続くときの直し方で小説の文章を例に詳しく扱っています。考え方はエッセイの地の文にもそのまま使えます。

結びの言い切りを、体験と見方の変化に置き換える

結論を言い切る結びから、見方の変化で終える結びへ

初稿(第7段落)

その夜は蚊に起こされずに眠れた。父に電話しようかと思ったが、やめた。兄にはLINEで写真を送った。網戸の張り替えは大変だったが、やってみてよかったと思った。父のありがたさが本当によく分かった。これからは親孝行をしたいと思った。

改稿

四辺を終えて余った網をカッターで切り、窓にはめたころには夕方になっていた。左手の人差し指の腹に、網の目の跡が四角く残っていた。

縁側から見ていたあのころ、私は父の右手ばかり見ていたのだと思う。道具を動かしている手のほうが、仕事をしているように見えたから。

変更の理由

  • 初稿の最後の三文は「よかったと思った」「よく分かった」「したいと思った」と、どれも書き手の結論を言い切っていました。言い切りを削り、指に残った跡(体験)と、右手ばかり見ていたという見方の変化(気づき)で終えています。
  • 最後の一文は「〜から。」で止めています。文としては言い終えていない形ですが、自分に言い聞かせるような語り口が出るので、整えずに残しました。
  • 決意で終える結びが合う作品もあります。この一篇では、「親孝行をしたい」が左手の意味という気づきと結び付いていないため削りました。結びが教訓や説教に見えてしまうときの直し方はエッセイが自分語り・説教に見えるときの直し方で扱っています。

削るか残すかで迷った一文

初稿の「父に電話しようかと思ったが、やめた」は、削るか残すかで迷う一文です。二つの結びを並べて比べます。

作例結びの案A(採用)

縁側から見ていたあのころ、私は父の右手ばかり見ていたのだと思う。道具を動かしている手のほうが、仕事をしているように見えたから。

作例結びの案B(電話の一文を残す)

縁側から見ていたあのころ、私は父の右手ばかり見ていたのだと思う。
その夜、父に電話しようとして、やめた。

案Bは、なぜ電話をやめたのかを読み手に考えさせる結びです。余韻は強くなりますが、読み手の関心は「左手の意味」から「父と書き手の距離」へ移ります。段階1で決めた一行が「左手の意味が分かった」なら案A、一行が「父との距離」に変わるなら案Bを選び、その場合は冒頭から父との関係を書き込む必要があります。どちらが正しいかではなく、一行とそろっているほうを選びます。

長さは、段落単位で削ってから文で整える

一篇の長さは、焦点と段落が決まったあとで調整します。作例は、初稿の約750字に対して、改稿版は約650字です。店員の話や兄の話を削って減った分の多くを、父の左手の場面に回したので、全体はそれほど短くなっていません。推敲は短くすることが目的ではなく、字数の配分を中心へ寄せる作業です。

公募に出す場合は、応募する回の要項で上限を確かめます。たとえば随筆春秋賞の第32回の要項では、規定枚数を400字詰め原稿用紙で5枚以内としています。上限を超えている場合は、一文ずつ縮める前に、段階2で「役割なし」とした段落から削ります。文を少しずつ縮めると、焦点に関係のない段落が薄く残ったままになるからです。

5 時間を置いて、読後の印象を確かめる

直し終えた直後は、頭の中の記憶で行間を補って読んでしまいます。一晩以上置いてから、次の手順で確かめます。

手順読後の印象を確かめる手順

  1. 声に出して、通して読む。つかえた箇所、読み間違えた箇所、息が続かなかった文に印を付けます。黙読では気づきにくい語尾の重なりも、声に出すと耳に残ります。
  2. 読み終えてすぐ、何の話だったかを一行で書く。段階1で書いた一行は見ずに書きます。
  3. 二つの一行を比べる。ずれていたら、どの段落が読後の印象を引っ張ったのかを探し、段階2に戻ります。

作例で試すと、初稿を読んだあとの一行は「網戸の張り替えの苦労と、父への感謝」になります。改稿版では「父の左手が何をしていたのか分かった話」になり、段階1の一行とそろいます。ずれが残る場合は、文を直す前に、焦点から外れた段落が残っていないか、中心の場面に字数が足りているかを先に確かめます。

人に読んでもらえる場合は、「良かったかどうか」ではなく、「一行で言うと何の話だったか」「途中で分からなかった言葉はあったか」と聞きます。前者は段階1の、後者は段階3の確認になります。

改稿版の全文と改稿表

五段階を終えた改稿版です。

作例改稿版「網戸」(架空・約650字)

網戸の張り替えは、毎年、父の仕事だった。実家にいたころ、梅雨に入る前の日曜になると、父は家じゅうの網戸を外して庭に並べた。私は縁側に座って、それを見ているだけだった。

いま一人で住んでいるアパートの網戸は、角が裂けていて、夜になると蚊が入ってくる。去年までなら、隣の市に住む父に電話すれば道具を持って来てくれた。冬に父が手首を痛めてからは、それも頼めない。自分でやるしかなかった。

ホームセンターで網と押さえゴムとローラーを買ってきて、網戸を外した。古いゴムを抜き、網をはがし、枠を拭く。新しい網をかぶせ、ゴムをローラーで溝に押し込んでいく。一辺目はうまくいった。二辺目に入ったところで、網がたるんだ。ゴムを抜いてやり直しても、またたるんだ。

もう一度ゴムを抜きながら、父の左手を思い出した。父はローラーを右手で転がしながら、左手の指をいつも網の端に置いていた。何をしているのか、聞いたことはなかった。手持ち無沙汰なのだろうと思っていた。

左手の指を網の端に置いて、ローラーを進めてみる。指先に、網が戻ろうとする力がかかる。それに逆らって、ほんの少しだけ外へ引く。網はたるまなかった。父の左手は、押さえていたのではなく、引いていたのだ。

四辺を終えて余った網をカッターで切り、窓にはめたころには夕方になっていた。左手の人差し指の腹に、網の目の跡が四角く残っていた。

縁側から見ていたあのころ、私は父の右手ばかり見ていたのだと思う。道具を動かしている手のほうが、仕事をしているように見えたから。

初稿と並べて、変えた箇所を表にまとめます。自分の原稿でも、この四列で書き出しておくと、なぜ直したのかをあとから説明できます。

箇所 初稿 改稿 変えた理由・別案
冒頭 夏は虫が気になる。蚊に起こされる 父が実家の網戸を張り替えていた日曜 最後に父の左手の意味が変わる構成にするため。別案:手詰まりの瞬間から入る(字数が厳しい場合)
自分でやる事情 例の件以来、父に頼めない 冬に父が手首を痛めてから頼めない 読み手が知らない前提を一言で補った。けがの経緯までは書かない
買い物 網の種類、店員の親切さ 買った物を一文で 焦点に関係がない。店員の話は別の題材として保存
作業 「た」で終わる文の連続 手順は現在形、結果だけ「た」 作業の流れと、止まる瞬間を分けて見せるため。全部「た」でも誤りではない
父の場面 父はいつも丁寧だった。たるませないためだった 右手と左手の動き。当時は手持ち無沙汰だと思っていた 要約を見ていたものに置き換え、答えは次の段落へ回した
気づき 真似したらうまくいった 押さえていたのではなく、引いていた 初稿にあった「押さえていた」と「引っ張りながら」の食い違いを、気づきとして書いた
結び 兄にLINE。父のありがたさ。親孝行 指に残った跡。父の右手ばかり見ていた 結論の言い切りをやめ、見方の変化で終えた。別案:電話をやめた一文を残す(一篇の中心を父との距離にする場合)

表の「気づき」の行に注目してください。初稿にはすでに、父は網を「押さえていた」、自分は網を「引っ張りながら」押し込んだ、と二つの言葉が書かれていました。書き手は初稿の段階でその違いに気づいていなかったのです。推敲で新しい気づきを作り出す必要はありません。初稿の中にすでにあるものを見つけて、読み手に見える位置へ出すのも、推敲の大事な仕事です。

自分の原稿で使う確認表

作例と同じ順番で、自分の原稿を見直すときの確認表です。上から順に進め、前の段階が終わるまで次の段階に入らないようにします。

確認表エッセイの推敲の確認表

  • 【何を残すか】体験と気づきを一行で書けた。その一行は、この一篇の出来事でしか言えない内容になっている
  • 【段落】すべての段落について、一行に対する役割を言える
  • 【段落】役割のない段落は削るか、別の題材としてメモに移した
  • 【段落】冒頭から中心の場面まで、読み手を連れていく順番になっている
  • 【具体性】「丁寧」「大変」「ありがたい」など中身が書き手にしか見えない言葉を、見たこと・したことに置き換えた。置き換えないほうがよい箇所は残した
  • 【前提】一度しか出てこない人物や、「例の」「あの」で済ませた出来事を、補うか削った
  • 【事実】具体性を足すとき、起きていないことや見ていないことを書き足していない
  • 【文】重なっている言葉と語尾を数え、効果のないものだけを直した
  • 【長さ】字数の上限がある場合、文を縮める前に段落単位で削った
  • 【読後】一晩置いて音読し、読後に書いた一行が最初の一行とそろっている

形式ごとの確認項目を選んで印刷・保存したい場合は、作品別の推敲チェックが使えます。