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エッセイ

エッセイのネタがないときの探し方|日常と記憶から題材を絞る

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この記事の答え

エッセイの題材は、珍しい出来事より、「何が起きたか」と「なぜ自分の中に残ったか」が組になっている出来事から選びます。

  • 物・癖・小さな失敗・最近変わった考えの四つの方向から、引っかかったことを一行ずつメモする
  • 昔の記憶は「覚えている・はっきりしない・推測」に分け、いつ・どこで・何が見えたかの場面に戻す
  • 候補を三つに絞り、「場面が書けるか」「他人を特定しないか」「違和感を一文で言えるか」で一つ選ぶ
目次

エッセイを書きたいのに、人に話すほどの出来事が何もない。そう感じるときは、題材を「珍しい体験」の中だけで探しているのかもしれません。エッセイの題材になるのは、出来事の大きさより、それがなぜ自分の中に引っかかって残ったのかを言える出来事です。この記事では、架空の書き手の生活メモ十件を使って、違和感の拾い方、記憶の整理、三つの候補から一つの題材に絞るまでを記入例で示します。メモの内容と書き手は架空です。

題材は「何が起きたか」と「なぜ残ったか」の組で探す

随筆は、特別な出来事だけを書く文章ではありません。改訂新版 世界大百科事典は随筆を、心の赴くにまかせて「なにくれとなく筆録されたもの」と説明しています。『徒然草』の序段も、佐藤春夫の現代語訳では、「心のなかを浮かび過ぎるとりとめもない考え」をあれこれと書きつけてみた、と述べています(青空文庫『現代語訳 徒然草』)。

とはいえ、小さな出来事なら何でもエッセイになるわけではありません。違いは、出来事に「なぜ残ったか」が付いているかどうかです。

何が起きたか なぜ残ったか 題材としての状態
旅行で海外の祭りを見た (特にない。すごかった) 出来事は大きいが、書き手の考えが動いていない。紀行の報告になりやすい
エレベーターで、一人なのに「閉」ボタンを押した 数秒を急いで、自分は何をしているのだろうと思った 出来事は小さいが、自分への問いが生まれている。題材になる
会議でミュートのまま三分話した (おかしかった) 笑い話としては成り立つが、まだ「なぜ」がない。もう少し置いておく

「なぜ残ったか」は、立派な考えでなくてかまいません。「おかしいと思った」「理由が分からない」「前と違う」でも、引っかかりがあれば十分です。題材探しとは、出来事を探すことではなく、引っかかりを探すことだと考えると、毎日の中に候補が見つかりはじめます。

物・癖・失敗・考えの四つの方向からメモする

違和感は、意識していないとすぐ消えます。一週間ほど、気づいたときに一行ずつメモする習慣を作ると、題材の候補がたまります。何を見ればよいか分からない場合は、次の四つの方向から探します。

方向 探す問い 見つけやすい場所
物 捨てられない物、なぜか目に入る物、置き場所が変わらない物はないか 冷蔵庫の扉、財布の中、玄関、机の引き出し
癖 自分がいつも無意識にしていることは何か 通勤、買い物、家事、スマートフォンの使い方
小さな失敗 最近、勘違いや言い間違いをしたか。そのあと自分はどうしたか 職場、駅、店、オンラインのやりとり
変わった考え 前は苦手だったのに平気になったこと、逆のことはないか 食べ物、人付き合い、一人の過ごし方、家族の口癖

メモは、一行目に「何が」、二行目に「なぜ残ったか」を書きます。二行目が書けないときは空けておきます。空欄のメモも、数日後に読み返すと理由が浮かぶことがあります。

作例:生活メモ十件

架空の書き手が一週間でためたメモです。

番号 方向 何が起きたか なぜ残ったか
1 物 もう通っていない歯医者の診察券が、冷蔵庫の扉に磁石で留めたまま 外すと「もう行かない」と決めることになる気がする
2 物 近所の公園の時計が五分進んでいる。毎朝それを見て駅へ急ぐ 進んでいると知っているのに、毎朝あの時計で焦る
3 癖 エレベーターで、一人なのに「閉」ボタンを押す 数秒を急いで、何をしているのだろう
4 癖 レシートを財布にためて、月末に一枚ずつ見てから捨てる ひと月の自分の行動が見える気がする
5 失敗 同じ課の人の名字の読みを、一年間まちがえて呼んでいた。本人は一度も訂正しなかった 訂正しなかった理由が気になる
6 失敗 オンライン会議でミュートのまま三分話した (空欄)
7 失敗 駅で病院への道を聞かれ、逆の出口を教えた。追いかけようとして、やめた 間違えたことより、追いかけなかったことが残っている
8 考え 一人で外食するのが平気になった きっかけが思い出せない
9 考え 父の口癖「腹八分」の意味が、最近分かる気がする (空欄)
10 記憶 小学生のころ、帰り道で毎日吠えていた犬が、ある日吠えなかった なぜか今でも思い出す

メモ10のように、四つの方向のどれにも当てはまらない昔の記憶がふと浮かんだときも、同じ二行の形で書いておきます(使い方は次の節で扱います)。

十件のうち、大きな出来事は一つもありません。それでも、二行目に「〜が気になる」「〜が残っている」と書けているメモは、すでに題材の芯を持っています。

練習自分の生活メモを五件作る(一週間)

  1. スマートフォンのメモか手帳に、「何が」「なぜ残ったか」の二行の枠を作ります。
  2. 上の四つの方向のうち、毎日一つを意識して過ごします(月曜は物、火曜は癖、など)。
  3. 引っかかったことがあれば、その日のうちに一行目だけでも書きます。二行目は空欄のままでかまいません。
  4. 一週間後、二行目が書けているメモに印を付けます。

昔の記憶は、場面に戻してから使う

メモ10のような昔の記憶は、題材として強い力を持つ一方で、そのままでは書きにくい形をしています。記憶は時間がたつと、「毎日吠えていた」「優しい人だった」のようなまとめの言葉に縮んでいるからです。まとめの言葉のままでは、読者は場面を思い浮かべられません。

記憶を使う前に、一度その日の場面に戻します。思い出せることを、次の三つに分けて書き出します。

分け方 作例(メモ10)
はっきり覚えていること 茶色い中型の犬。門の鉄の柵越しに吠える。ランドセルを背負って、柵の前は小走りで通っていた。ある日、犬は柵の内側で寝そべったまま、こちらを見ただけだった
はっきりしないこと 何年生だったか。季節。吠えなかったのは一日だけか、それ以降ずっとか
推測していること 犬は年を取って弱っていたのかもしれない。飼い主が替わったのかもしれない

この表を作ると、書ける場面(柵の前を小走りで通る自分、寝そべったままの犬)と、書けない部分(理由)が分かれます。エッセイでは、はっきり覚えていることを場面にし、推測は「〜かもしれない」と推測の形で書きます。はっきりしないことは、無理に埋めずに「何年生のころだったか、もう覚えていない」と書いてもかまいません。

確かめられることは確かめる

家族に聞く、古い写真や手帳を見る、当時の地図を見る、といった方法で確かめられることもあります。確かめた結果が記憶と違っていたら、それ自体が題材になることもあります。「私はずっと茶色い犬だと思っていたが、母は白い犬だったと言う」という食い違いから始まるエッセイも書けます。

反対に、確かめられないことを、確かめたかのように書かないことは大切です。体験を書いたエッセイは、断り書きがなければ、書き手が実際に体験したこととして読まれるからです。記憶と創作の境目については、エッセイと日記・随筆の違いでも、同じ出来事の書き分けを例に扱っています。

出来事と感情を分けて書き出す

候補を選ぶ前に、気になるメモを一つずつ、出来事と感情に分けておきます。メモには「最悪」「恥ずかしい」のような感情の言葉が混ざりがちで、それだけでは何が起きたのかが見えません。逆に、出来事だけを並べても、なぜ書きたいのかが抜け落ちます。

メモ7を、出来事と感情に分ける

感情が混ざったメモ

駅で道を聞かれて逆を教えてしまった。最悪。恥ずかしい。

出来事・そのときの感情・今の考えに分けたメモ

出来事:改札の前で、スーツケースを引いた年配の女性に「市立病院はどちらの出口ですか」と聞かれた。西口を指した。正しくは東口だった。三十秒ほどして気づき、追いかけようと二、三歩出て、足を止めた。女性はもう階段を下りていた。
そのときの感情:焦り。恥ずかしさ。足を止めたとき、少しほっとした。
今の考え:間違えたことより、追いかけなかったことのほうが頭に残っている。

変更の理由

  • 出来事の欄には、見えたこと・聞いた言葉・自分の動作だけを書きました。これがそのまま場面の材料になります。
  • 感情の欄に「ほっとした」が出てきたことで、このメモの芯が「恥ずかしさ」ではなく「追いかけなかった自分」にあると分かりました。感情を分けて書くと、最初の「最悪」の下に隠れていた気持ちが見えることがあります。
  • 今の考えは、そのときの感情と分けておきます。エッセイの考えの部分は、多くの場合、そのときではなく後から生まれたものだからです。

十のメモから三案、三案から一つに絞る

生活メモから、まず二行目がはっきり書けているものを三つ選びます。作例では、メモ5(名字の読み)、メモ7(逆の出口)、メモ10(吠えなかった犬)を候補にしました。この三案を、次の三つの基準で比べます。

候補 書ける場面があるか 他人を特定しないか 伝えたい違和感を一文で言えるか
5 名字の読み ○ 間違いに気づいた瞬間(社内の名簿を見た)がある △ 同じ課の人。名字の読み自体が手がかりになり、職場の人には誰のことか分かる ◎ 一年間、なぜ訂正しなかったのか
7 逆の出口 ◎ 聞かれた言葉、指した方向、止まった足まで書ける ◎ 名前も知らない通りすがりの人。特定される要素がない ○ 間違えたことより、追いかけなかったことが残っている
10 吠えなかった犬 △ 場面の一部は覚えているが、時期や前後がはっきりしない ○ 飼い主の家が分かる書き方を避ければよい △ なぜ思い出すのかが、まだ言葉にならない

この比べ方で、作例の書き手はメモ7を選びました。場面がはっきりしていて、他人を特定する心配もなく、違和感も一文で言えます。

選ばなかった二案は捨てません。メモ5は、違和感はいちばん強いものの、職場の人が読めば誰のことか分かります。書くなら、本人に伝えるか、名字の例を変えるか、公開する場所を考えてからにします。メモ10は、家族に当時のことを聞いてみて、場面がもう少し戻ってきたら書けるかもしれません。どちらも「今はまだ」の題材として、メモに残しておきます。

一篇に入れる範囲を決める

題材が決まったら、一篇に入れる範囲を決めます。一つの題材から、関連する話がいくつも思い浮かぶことがあります。全部を入れると、話の芯がぼやけます。

作例作例:メモ7の範囲メモ

入れる:改札の前で道を聞かれる場面/西口を指した手/三十秒後に気づく/二、三歩出て止まった足/階段を下りていく女性の背中/帰りの電車で考えたこと
一つだけ入れる:子どものころから方向を間違えやすいこと(長くしない。一文で)
入れない:道案内アプリへの不満、駅の工事で出口が分かりにくくなった話、以前に道を教えてもらって助かった別の日の話
気づきの一文:私は、間違いを正すことより、間違えた自分を見られないことを選んだ。

「入れない」に書いたものも、題材として悪いわけではありません。以前に道を教えてもらって助かった日の話は、それだけで別の一篇になります。一つの篇には、一つの場面と一つの気づきと決めておくと、関連する話を次の題材として残せます。

選んだ題材で、実際に一篇を書き上げる手順はエッセイの書き方で、場面の書き込みから初稿の読み返しまで扱っています。

他人が出てくる題材は、特定につながる情報を先に確かめる

身近な出来事を書けば、家族、同僚、近所の人、店の人など、自分以外の人も登場します。題材を選ぶ段階で、その人が読者に特定されないか、書かれて困らないかを確かめておくと、書き上げてから手を止めずに済みます。

確認表他人が出てくる題材を選ぶときの確認表

  • 名前・あだ名・名字の読みなど、その人を直接指す言葉が入っていないか
  • 勤務先、学校、住んでいる地域、店名など、所属や場所が分かる情報が入っていないか
  • 日付と出来事の組み合わせで、知り合いには誰のことか分かってしまわないか
  • 外見の特徴、病気や家族の事情など、本人が人に知られたくない可能性のある情報が入っていないか
  • その人が読んだら、どう感じるかを想像したか
  • どこに公開するか(自分だけ、身近な人が読むSNS、不特定の人が読むサイト、応募作品)を決めたか

名前を変えたり伏せたりしても、職場や地域、出来事の組み合わせで、知り合いには誰のことか分かることがあります。作例のメモ5で「△」を付けたのはそのためです。どこまで書くかは書き手が判断することですが、判断する材料を題材選びの段階でそろえておくと、書けない題材に時間をかけずに済みます。

家族や知人を書くときの確認を、同意の取り方や公開範囲まで含めて詳しく知りたい場合は、エッセイに家族や知人を書くときの確認で整理しています。

面白い出来事でないと、読まれないのではありませんか

読者が読み進めるのは、出来事の珍しさより、書き手が何に引っかかったのかが見えるときです。作例のメモ7も、出来事としては「道を間違えて教えた」だけですが、「追いかけなかった」という引っかかりがあることで、読者は自分の似た経験を思い出せます。日常のずれを笑いにして読ませたい場合は、面白いエッセイの書き方で、おかしさの見つけ方を扱っています。