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小説

純文学の書き方を考える|題材・視点・言葉から一篇を作る

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この記事の答え

純文学には、誰もが認める一つの定義はありません。辞典も大衆文学との対比で説明しつつ、その概念を説明する客観的な基準は必ずしもないとするものがあります。そのためこの記事では、型に合わせるのではなく、自分が気になる問いを、小さな出来事・一つの視点・選び抜いた言葉で一篇にする方法として考えます。

  • 題材を「答えの決まっていない問い」の形にする
  • 問いが見える小さな出来事を選び、一人の視点が何を見ているかを決める
  • 説明の文を、見ている物と動作に置き換え、結末は教訓で閉じずに問いを残す
目次

純文学を書いてみたいのに、「難しい言葉を使わなければならない」「筋がなくていい」と考えて、何から手を付ければよいか分からなくなることがあります。この記事では、まず辞典で「純文学」という区分の幅を確かめ、そのうえで、架空の短い場面「父の車を手放す日」を使って、問い・出来事・視点・言葉・結末を一つずつ選んでいきます。読み終えたら、出来事の派手さに頼らず、自分の問いと文章で一篇を組み立てられます。

「純文学」は、一つの定義で決まる区分ではない

「純文学」という言葉は、辞典でも説明が少しずつ違います。コトバンクに収録されている辞典の説明を並べると、次のようになります。

辞典 説明の要点
デジタル大辞泉 「大衆文学に対して、純粋な芸術性を目的とする文学。」
日本大百科全書(ニッポニカ) 通俗文学・大衆文学に対する小説としたうえで、「「純文学」の概念を説明する客観的基準はかならずしもみられない。」とする
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 大衆文学・通俗文学の対義語としつつ、1960年代の「純文学論争」のころから概念が揺らぎ始めたとし、「既に読者の側では,両者の区別を必要とはしていないのである。」と書く
百科事典マイペディア 通俗文学・大衆文学に対するものとし、「私(わたくし)小説,心境小説をさしている場合が多い。」とする

どの辞典も大衆文学との対比で説明していますが、何が純文学で何がそうでないかを決める客観的な線は引かれていません。言葉の成り立ちや論争の歴史をたどるのは文学史の仕事で、この記事では扱いません。

ここで確かめておきたいのは、純文学を書くために守るべき決まった型はないということです。そこで、この記事では純文学を、出来事の大きさよりも、人物が何に気づき、世界の見え方がどう変わるか、そしてそれをどんな言葉で書くかに重心を置く書き方として扱います。これは定義ではなく、書くときの手がかりです。

思い込みやすい点と、この記事での考え方

思い込みの例 この記事での考え方
難しい言葉や凝った比喩を使う 必須ではない。平易な言葉でも、場面に合う一語を選べば文章の精度は上がる
筋がなくてよい 筋はある。この記事では、大きな事件より小さな出来事の連なりで進める書き方を扱う
暗い題材でなければならない 題材の明暗は関係ない。可笑しさのある作品もある
最後に作者の考えを述べる 答えを言わず、問いを読者に手渡す終わり方もある
受賞作に似せると通りやすい 他人の題材や文体を真似ても、自分の問いがなければ一篇の芯ができない

自分が気になる問いを、答えの決まっていない一行にする

最初に決めるのは、題材ではなく問いです。題材は「何について書くか」、問いは「その題材の何がまだ分からないか」です。分かっていることを書くと、作品は主張になります。分からないことを書くと、書きながら考える作品になります。

題材 主張にした書き方(答えが先にある) 問いの形(答えが決まっていない)
祖母の家の片付け 物を捨てても思い出は残る 物を捨てることは、その人を忘れることになるのか
転職する同僚の送別会 新しい道を選ぶ人は輝いている 残る人は、去る人に何を言えば嘘にならないのか
父が運転免許を返納する 親の老いを受け入れることが大切だ 運転をやめるとき、人は何を手放すのか

この記事の作例は、三つ目の「運転をやめるとき、人は何を手放すのか」を問いにします。題材は、父が免許を返納し、長く乗った車を売りに行く日です。身近な別れの一つですが、車との別れなのか、役割との別れなのか、書き手にもまだ答えがありません。

練習問いを一行にする(15分)

  1. ここ数か月で、妙に気にかかった出来事を三つ書き出します。大きな出来事でなくてかまいません。
  2. それぞれについて、「自分はこれについて何が分からないのか」を一文で書きます。「〜とは何か」「なぜ〜なのか」「〜すると、何が変わるのか」の形にすると書きやすくなります。
  3. 答えがすぐに言える問いは外します。答えが言えず、しばらく考えたくなる問いを一つ選びます。

作品で何を伝えたいかを先に決め、人物の選択と結末へつなげる方法は小説のテーマの決め方で扱っています。この記事の「問い」は、それとは逆に、答えを決めずに書き始めるための入口です。どちらが正しいということはなく、作品によって合う入口が違います。

問いが見える小さな出来事を選ぶ

問いが決まったら、その問いが見える出来事を選びます。同じ「父の車を手放す日」でも、出来事の置き方で作品の設計は大きく変わります。二つの組み立て方を比べます。

事件を中心にした組み立て 認識の変化を中心にした組み立て
筋 返納を渋る父と家族が口論する。売りに行く日、父が「最後に一度」と運転し、交差点で自転車に気づくのが遅れて急ブレーキを踏む。父は自分から鍵を差し出す 最初から語り手が運転し、父は助手席に座る。父が道順を指示する。語り手はハンドルの擦れや父の足の動きに気づく。父は手放す前にハンドルを拭く。帰りのバスで父が降車ボタンを押す
話を動かすもの 外から来る出来事(急ブレーキ) 語り手が目にする小さな物事
変わるもの 父の決断 語り手が父を見る目
読者が受け取るもの 緊張と、その解決 問いが読後に残る
気をつけること 出来事が問いに答えてしまいやすい(危なかったからやめた、で終わる) 何も起きない文章に見えないよう、気づきの順番を設計する

どちらが優れているということはありません。事件を中心にした作品にも、深い問いを持つものはあります。ただ、事件の組み立てでは「危なかったから運転をやめた」という因果が強く、問いの答えを出来事が先に言ってしまいます。この記事の問いのように、答えの決まらないものを書きたいときは、認識の変化を中心にした組み立てのほうが問いを残しやすくなります。

小さな出来事を選ぶときは、次の三つを目安にします。

  • 問いの両側が見える:父が車を失う場面と、語り手が運転する側に回る場面が、同じ一日に入っている。
  • 登場人物が何かをする:ただ思い出すのではなく、運転する、指示する、拭く、押す、という動作がある。
  • 一日か数時間に収まる:短い時間の中で起きるので、細部を書く余裕がある。

一つの視点を決め、その人が見ている物を書き出す

次に、誰の目で書くかを決めます。作例は、運転席に座る子どもの一人称にしました。父の視点にすると、父が何を手放すのかを父自身が語ることになり、問いの答えが近くなりすぎるからです。語り手は父の内心を知らず、見えるものから推し量るしかありません。その距離が、問いを開いたままにします。

視点が決まったら、その人がこの日に見ている物を書き出します。気持ちではなく、目に入る物と聞こえる言葉だけを並べます。

作例作例の「見ている物」メモ

後ろまで下げてあった運転席のシート/ルームミラーの角度/助手席で組まれた父の両手/「次、右」「この先、左に寄っとけ」/床を踏むように動く父の右足/ハンドルの白っぽく擦れた二か所/前の晩に判を押してあった書類/ハンカチ/バスの降車ボタン/「つぎ とまります」の表示

このメモから、問いにつながる物を選んで場面にしたのが、次の作例です。

作例作例「助手席」(約620字)

父の車を売りに行く日、運転席に座ったのは私だった。

いちばん後ろまで下げてあったシートを、二段ぶん前に出す。ルームミラーを少し下へ傾ける。そのたびに、助手席の父が小さく息を吐くのが聞こえた。

「ガソリン、入れていくか」

「売りに行くんだから、いらないでしょう」

「そうか」

父はそれきり黙って、膝の上で両手を組んだ。

国道に出ると、父は前を見たまま「次、右」「この先、左に寄っとけ」と言った。私が免許を取ってから何十回も通った道だった。言われなくても分かる、と言いかけて、やめた。父の右足が、ときどき床を踏むように動いていた。そこにブレーキはない。

ハンドルの、十時と二時の位置だけが白っぽく擦れていた。三十年近く、父の手が置かれていた場所だった。私はそこを避けて、九時と三時を握った。

買取店の駐車場に車を停めると、父は先に降りて、店の人と短く挨拶をした。書類にはもう判が押してあった。父はこういうことを、いつも前の晩に済ませておく人だった。

鍵を渡す前に、父は運転席のドアを開けた。ポケットからハンカチを出して、ハンドルを拭いた。十時と二時のところを、一回ずつ。それから、ハンカチをたたんでポケットに戻した。

帰りはバスだった。父は窓際に座り、私は通路側に座った。

家の近くの停留所が近づくと、父は窓枠の上のボタンに手を伸ばした。指先が少し迷ってから、押した。

チャイムが鳴り、運転席の上の表示に「つぎ とまります」の文字が灯った。

父はその文字を、しばらく見ていた。

作例で、問い・見ている物・言葉をどう結んだか

選んだもの 作例での形 問いとのつながり
題材の問い 運転をやめるとき、人は何を手放すのか 作中では一度も言葉にしていない
見ている物 父の右足、ハンドルの擦れ、ハンカチ 父が手放すのは車だけでなく、運転する体の習慣でもあることを、語り手が見て知る
見ている物 「次、右」という指示 父は運転をやめても、家族を目的地へ連れていく役をまだ手放せていない
言葉の選択 「拭いた」「一回ずつ」 感情を表に出さない父の人物像と、別れの始末をつける動作を一つにした
結末の物 降車ボタンと「つぎ とまります」 車を止める側だった父が、止めてもらう側になったことを、説明せずに置いた

語り手が「言われなくても分かる、と言いかけて、やめた」ところが、この場面の小さな転機です。苛立ちから、父の足の動きに目が移る。語り手の見る目が変わった順番に、見ている物を並べています。

説明の文を、見ている物と動作に置き換える

純文学らしい文章というと、凝った言い回しを思い浮かべるかもしれません。けれど、作品の精度を左右するのは、難しい語よりも、説明してしまっている文を見つけて、場面の中の物と動作に置き換えられるかです。作例のハンドルを拭く場面で比べます。

父の気持ちを説明した版から、動作だけを書いた版へ

説明的な案

鍵を渡す前に、父は運転席に座り、しばらくハンドルを握っていた。長年乗ってきた車を手放すのが、やはり寂しいのだろう。父にとって車は単なる移動手段ではなく、家族のために働いてきた人生そのものだったのだ。そう思うと、私は胸が締めつけられた。

作例で選んだ案

鍵を渡す前に、父は運転席のドアを開けた。ポケットからハンカチを出して、ハンドルを拭いた。十時と二時のところを、一回ずつ。それから、ハンカチをたたんでポケットに戻した。

変更の理由

  • 修正前は、父の気持ち(寂しい)、車の意味(人生そのもの)、語り手の反応(胸が締めつけられた)をすべて言葉で言い切っています。読者が考える余地がなく、「父が手放すのは車だけか」という問いも閉じてしまいます。
  • 修正後は、父の動作だけを書きました。ハンドルを拭く理由は書いていません。持ち主としての礼儀なのか、愛着なのか、運転する手を終わらせる儀式なのか、読者がそれぞれに受け取れます。
  • 「十時と二時」は、前の段落で語り手が見た擦れの位置です。同じ物を二度出すことで、語り手がそこを見続けていたことが説明なしで伝わります。
  • 語り手の気持ちを地の文で書く作品も、もちろんあります。その場合も、一般論(「人生そのもの」)ではなく、その人物だけが持つ具体的な考えにすると、説明になりにくくなります。

一語の選択で、人物が変わる

言葉の精度は、一つの動詞でも確かめられます。父がハンドルに何をしたか、候補を並べると、それぞれ違う父が立ち上がります。

動詞 読者が受け取る父
拭いた 手放す前に始末をつける人。感情は表に出さない
磨いた 時間をかけて手入れする人。愛着が前に出る
なでた 別れを惜しむ気持ちが、そのまま見える
握った 運転をやめることへの未練が強く出る

作例が「拭いた」を選んだのは、前の段落で「いつも前の晩に済ませておく人」と書いた父の人物像に合わせるためです。どの語が正しいかは作品によって違います。大事なのは、候補を並べて比べ、その人物と問いに合う一語を選ぶことです。人物の内面を感情・思考・行動のどれで見せるかの組み合わせは小説の心理描写の書き方で詳しく扱っています。

結末を、安易な教訓で閉じない

問いから書き始めた作品は、最後に答えを言いたくなります。けれど、結末で一般的な教訓を述べると、読者がそれまでの場面から受け取りかけていたものが、作者の言葉で上書きされます。

教訓で閉じた結末から、問いを残す結末へ

教訓で閉じた結末

バスに揺られながら、私は思った。親が老いていくのを、子どもは受け入れていくしかないのだ。それが家族というものなのだろう。

作例の結末

家の近くの停留所が近づくと、父は窓枠の上のボタンに手を伸ばした。指先が少し迷ってから、押した。

チャイムが鳴り、運転席の上の表示に「つぎ とまります」の文字が灯った。

父はその文字を、しばらく見ていた。

変更の理由

  • 修正前の「親の老いを受け入れる」は、読者がすでに知っている一般論です。作品の問い(運転をやめるとき、何を手放すのか)に答えたように見えて、実際には別の問いにすり替わっています。
  • 修正後は、車を止める側だった父が、ボタンを押して止めてもらう側になった瞬間を置きました。父がその文字を見ている理由は書いていません。問いは閉じず、読者の手に渡ります。
  • 語り手が最後に何かを考える結末がいけないわけではありません。その場合は、一般論ではなく、この語り手がこの日に初めて気づいた、まだ不完全な考えにすると、教訓になりにくくなります。

結末の選び方と読後感の整え方は、ジャンルを問わず小説の終わり方で扱っています。

自分の一篇を組み立てる手順

ここまでの選択を、自分の作品に当てはめる順番にまとめます。

手順問いから一篇を組み立てる

  1. 問いを一行にする。答えがすぐ言える問いは外します。
  2. 問いの両側が見える小さな出来事を一つ選ぶ。一日か数時間に収まるものにします。
  3. 視点を一人に決める。問いの答えに近すぎない人物を選ぶと、問いが開いたままになります。
  4. その人が見ている物を、気持ちを書かずに十個ほど並べる。問いにつながる物に印を付けます。
  5. 印を付けた物を、語り手の見る目が変わる順に並べて初稿を書く。
  6. 初稿から、気持ちや意味を言い切っている文を探す。物と動作に置き換えられないか試します。
  7. 結末の一文が、一般論や教訓になっていないか確かめる。

確認表書き上げた一篇を見直す

  • 作品の問いを、作中で一度も言葉にせずに伝えられているか
  • 語り手の見る目が、どこで変わったか指させるか
  • 難しい語や凝った比喩を、その場面に合う平易な語に置き換えられないか
  • 一つの動詞や名詞について、候補を並べて比べたか
  • 結末が、読者のすでに知っている一般論になっていないか
  • 筋がないのではなく、小さな出来事が順番に置かれているか

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