一人称小説の書き方|語り手が知る情報と心の声を整理する
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この記事の答え
一人称の文は、すべて語り手の「僕」や「私」が知っていることを通して書きます。迷ったら一文ごとに、それが「その場で見聞きしたこと」「語り手の推測」「あとから知ったこと」のどれかを確かめます。
- 他人の心は断定せず、見えた動作や声と、「〜と思った」「〜らしい」などの推測の言葉で伝える
- あとから知った事実は、いつ語っているか(その場の語りか、何年も後の回想か)を決めてから、置く場所と書き方を選ぶ
- 語り手の声(語彙、言い切り方、何に目が行くか)は、語り手の年齢と語る時点に合わせる
目次
一人称で書いていると、相手の気持ちを言い切ったり、語り手がいない場所の出来事を書いたりしてしまうことがあります。この記事では、弟が姉に合格を告げ、姉が黙りこむ一場面を使い、語り手が知り得ることを「見えた事実・推測・後から知った情報」に分けて書き直します。読み終えたら、自作の一人称の場面を一文ずつ点検し、知り得ない文を直せるようになります。
一人称で書けるのは「語り手が知っていること」だけ
最初に、混同しやすい二つの言葉を分けておきます。
- 人称:語り手が物語の中の人物として「僕」「私」と自分を呼ぶか(一人称)、物語の外から「彼」「千夏」と呼ぶか(三人称)という、語りの形。
- 視点:誰の目と頭を通して出来事を受け取るか、という情報の入り口。
一人称の場合、語り手は物語に登場する人物の一人で、情報の入り口はその人物一人に限られます。百科事典の Britannica も、一人称の語りを「I」を使う登場人物による語りとして説明しています。主人公が語る形のほかに、主人公のそばにいる友人や家族が「私」として語る形もあります。どちらの場合でも、語り手が受け取れる情報には限りがあります。
| 情報の種類 | 例 | 一人称での書き方 |
|---|---|---|
| その場で見聞きしたこと | 相手の手が止まった。皮が流しに落ちた | そのまま書ける |
| 自分の体と心 | 耳が熱くなった。言い返す言葉を探した | そのまま書ける。自分の顔色や表情は、鏡などがなければ見えない |
| 語り手の推測 | 怒っている、と思った | 推測だと分かる言葉で書く |
| 人から聞いたこと・あとで知ったこと | 母から聞いた。十年後に知った | いつ、誰から知ったかを示して書く |
| 知り得ないこと | 他人の本心の断定。語り手がいない場所の出来事 | 推測か伝聞に変える。あるいは書かない |
この表の下の二行を区別しないまま書くと、「一人称なのに、なぜ語り手がそれを知っているのか」という引っかかりが生まれます。
注意「知り得ないこと」を書く一人称もある
語り手が他人の心を勝手に決めつける書き方は、語り手の思い込みの強さや、読者に信用されない語り手を見せたいときには、意図した表現になります。読者へ直接呼びかける語りも、語り手に語る相手と理由があれば自然です。この記事で直すのは、作者が意図していないのに混ざった情報です。
語る時点を決める:その場で語るか、振り返って語るか
一人称でもう一つ決めておくのが、語り手がいつ語っているかです。出来事が起きた時点と、それを語っている時点が同じとは限りません。
| 語る時点 | 語り手が知っていること | 書けること・向いている場面 |
|---|---|---|
| 出来事とほぼ同時(その場の語り) | その瞬間までのこと | 先の見えない緊張、誤解を読者と共有する場面 |
| 少しあと(その日の夜など) | その日の結末まで | 出来事を整理しながら語る日記や手紙のような語り |
| ずっとあと(数年〜数十年後) | その後に知った事実、当時の誤解の訂正 | 「当時は分からなかった」ことの意味が変わる話 |
日本語の小説では、その場の語りでも「〜た」で書けます。ですから、文末が「た」か「る」かだけで語る時点は決まりません。区別の目安は、語り手がこの出来事の結末を知っているかどうかです。結末を知らない語り手は「あとで分かるのだが」とは言えません。逆に、十年後の語り手が当時の自分の誤解をまったく訂正しないなら、なぜ訂正しないのかを作者が説明できる状態にしておきます。
作例:姉が黙った場面を三つの情報に分ける
ここからは一つの場面で確かめます。語り手は中学三年の「僕」(湊)。二月の夜、県外の高専に受かったことを、台所でりんごをむいている姉(千夏、十九歳)に伝えます。合格すれば寮に入り、家を出ることになります。母は夜勤で家にいません。
まず、この場面で起きていることを、語り手から見た情報の種類で分けます。
| 見えた・聞こえた事実 | 当時の語り手の推測 | 後から知った情報 |
|---|---|---|
| 「受かった」と言うと、姉の手が止まった | 怒っている。母を一人にするのかと責められる | 姉は前の年、県外の大学に受かっていた |
| りんごの皮が途中で切れ、流しに落ちた。姉は拾わなかった | 喜んでくれると思ったのは間違いだった | 入学金の振込用紙を書きかけて、出さなかった |
| 姉は残りをむき終えてから「寮って、洗濯も自分でするんでしょ」と言った | 話をそらされた | 母の夜勤が増えた年だった。語り手はこれを十年後に母から聞く |
右の列は、出来事の夜の「僕」には知りようがない情報です。初稿では、これが当然のように混ざっていました。
情報を断定した初稿と、その場の語りに直した案
初稿(情報が混ざっている)
「受かった」と言うと、姉の手が止まった。姉は悔しかったのだ。去年、自分は県外の大学をあきらめたのに、弟はあっさり家を出ていく。千夏は唇をかんで、涙をこらえた。りんごの皮が流しに落ちた。
修正案A(その場の語り。当時の僕が知ることだけ)
「受かった」と言うと、姉の手が止まった。包丁の先で皮が切れて、流しに落ちた。姉はそれを拾わなかった。
怒ってる、と僕は思った。母さんを一人にする気か。そう言われる前に、言い返す言葉を探した。
姉は残りのりんごを最後までむいてから、「寮って、洗濯も自分でするんでしょ」と言った。
変更の理由
- 「悔しかったのだ」は姉の内心を確定しています。修正案では「怒ってる、と僕は思った」と、語り手の推測であることが分かる形にしました。しかも推測を外させています。読者は姉の言葉から、怒りとは違う何かを感じ取れます。
- 「去年、自分は県外の大学をあきらめた」は、この夜の僕が知らない事実です。その場の語りでは書かず、後の場面で僕が知る形に回します。
- 「千夏は」という呼び方は、一人称の僕が姉を呼ぶ言い方と合いません。一人称の文に三人称の語りが入りこんだ跡です。
- 「涙をこらえた」は、涙が出そうなのを我慢しているという内面を知っている言い方です。見えるのは手の動きや視線だけなので、動作に置き換えました。
修正案Aでは、姉がなぜ黙ったのかは書かれていません。それでも、皮を拾わない手と、洗濯の心配をする一言から、読者は僕よりも先に「怒っているのではないかもしれない」と気づけます。一人称で他人の心を断定しないことは、情報を減らすことではなく、読者に考える余地を渡すことでもあります。
十年後の語り手なら、後から知った情報を書ける
同じ場面を、二十五歳になった僕が振り返って語る形にすると、右の列の情報を使えるようになります。ただし、いつ、誰から知ったかを示します。
作例修正案B(十年後からの回想)
あの晩のことを、僕は長いあいだ、姉に怒られた夜として覚えていた。
「受かった」と言うと、姉の手が止まった。包丁の先で皮が切れて、流しに落ちた。姉はそれを拾わなかった。怒っている、と十五の僕は思い、母さんを一人にする気かと言われる前に、言い返す言葉を探していた。
姉は残りのりんごを最後までむいてから、「寮って、洗濯も自分でするんでしょ」と言った。
姉が前の年、県外の大学に受かっていたことを僕が知ったのは、それから十年たって、母から聞いたときだ。入学金の振込用紙は、書きかけのまま家計簿に挟まっていたという。
回想の語りでは、「十五の僕は思い」のように、当時の推測と語る時点の自分を分けて書けます。最後の段落で後から知った事実を出すと、読者は同じ場面を読み直すことになり、姉の一言の意味が変わります。
修正案Aと修正案Bのどちらが正しいということはありません。読者に誤解を共有させたまま先へ進みたいならA、事実を知った語り手が過去を見直す話にしたいならBが合います。迷ったら、物語の最後に語り手が何を知っているかから逆算して選びます。
同じ場面を三人称で書くと何が変わるか
一人称の範囲をはっきりさせるために、同じ場面を姉に寄った三人称で書いてみます。
作例三人称版(姉の千夏に寄った語り)
弟が「受かった」と言ったとき、千夏の手は止まった。去年の今ごろ、自分も同じ厚さの封筒を受け取った。振込用紙は書きかけのまま、母の家計簿に挟んで出さなかった。
皮が流しに落ちた。拾う気になれなかった。
よかったね、と言うつもりだった。残りをむき終えて口から出たのは、「寮って、洗濯も自分でするんでしょ」だった。
三人称で千夏に寄れば、去年の封筒も、言うつもりだった「よかったね」も地の文に書けます。そのかわり、姉が怒っていると湊が誤解したことは書けなくなります(湊の内面に入らない限り)。
| 情報 | 一人称(湊が語る) | 三人称(千夏に寄る) |
|---|---|---|
| 千夏が黙った理由 | 書けない。推測だけ | 書ける |
| 去年の大学の件 | その場の語りでは書けない。回想なら「後で知った」と書ける | 千夏の記憶として書ける |
| 湊の誤解 | 書ける | 湊の内面に入らない限り書けない。表情や言葉から読者に推測させる |
| 読者が先に知ること | 少ない。読者は語り手と一緒に迷う | 多い。読者は湊の知らないことを知って読む |
どちらの人称を選ぶかは、読者に何を隠し、何を先に知らせたいかで決まります。三人称で一人に寄る語り、複数の人物を切り替える語り、広く知る語りの違いは、三人称小説の書き方で比べています。
一人称で知り得ない文の直し方
作例の場面に、一人称で起きやすい「知り得ない文」を足して、直し方をまとめます。
| 知り得ない文 | 何が問題か | 直し方の例 |
|---|---|---|
| 姉は悔しかったのだ。 | 他人の本心を確定している | 「怒ってる、と僕は思った。」(推測にする) |
| 千夏は唇をかんで、涙をこらえた。 | 「こらえた」は内面を知る語。呼び方も三人称 | 「姉は下を向いたまま、りんごを回し続けた。」(見える動作にする) |
| 僕の顔は真っ赤になっていた。 | 自分の顔は見えない | 「耳が熱くなった。」(自分の感覚にする)。窓ガラスに映ったなら書ける |
| そのころ母は、病院の休憩室で姉のメッセージを読んでいた。 | 語り手がいない場所の出来事 | 削る。あるいは回想で「あとで聞くと、母は〜」と伝聞にする |
| 姉は去年、県外の大学をあきらめていた。 | その場の語りでは、まだ知らない事実 | 回想なら「〜と知ったのは十年後だ」と知った時点を書く。その場の語りなら、知る場面を後に作る |
他人の心は「見えたこと」と「推測の言葉」で伝える
一人称で相手の気持ちを伝える材料は、語り手が観察できるものに限られます。動作、視線、声の調子、黙っている時間、相手が口にした言葉、そして相手が言わなかったことです。そこに語り手の推測を一言添えると、読者は「語り手はこう受け取った」と分かったうえで、自分でも相手の気持ちを考えられます。
推測の言葉は、確信の強さによって選びます。
| 推測の言葉 | 語り手の確信 | 使いどころ |
|---|---|---|
| 〜かもしれない | 弱い | 語り手自身も迷っている |
| 〜ようだった・〜らしかった | 中くらい | 見た様子から判断した |
| 〜と思った | 語り手の判断だと明示 | 推測を外させたいとき。後で誤解だと分かる場面 |
| 〜に違いなかった | 強い | 語り手の思い込みの強さを見せたいとき |
推測の言葉を毎文に付けると、文がもたつきます。場面の要所で一度だけ推測を書き、あとは見えたことを並べるだけで足りる場面もあります。作例でも、推測を書いたのは「怒ってる、と僕は思った」の一か所だけです。
もう一つの方法は、相手に言わせることです。千夏が後の場面で「あのとき、ほんとはよかったねって言うつもりだった」と口にすれば、一人称のままで本心を読者に届けられます。ただし、本人の言葉も本心そのものとは限りません。語り手がその言葉をどう受け取ったかまで書くと、一人称らしさが残ります。
練習相手の沈黙を三つの材料で書く(15分)
- 自作か、思いついた場面から「相手が黙る瞬間」を一つ選びます。
- 語り手に見えたこと・聞こえたことを三つ書きます(手の動き、視線、周りの音など)。
- 語り手の推測を一つだけ、上の表から確信の強さを選んで書きます。
- 相手が最後に口にする一言を書きます。推測と少しずれる言葉にすると、読者が考える余地が生まれます。
心の声を地の文に混ぜる
一人称では、地の文全体が語り手の声です。そのため三人称のように「心の声」と「地の文」の境目を作らなくても、語り手の考えをそのまま書けます。整理しておきたいのは、次の三つの書き分けです。
| 書き方 | 例 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| 地の文に溶かす | まずい。何か言い返さないと。 | その場の語り。考えの速さをそのまま見せたい |
| 「と思った」で区切る | 怒ってる、と僕は思った。 | 推測や判断を、事実と分けて示したい |
| 語る時点の評価を添える | あのときの僕は、自分のことしか考えていなかった。 | 回想の語り。今の語り手の見方を出したい |
三つ目は回想の語りでしか使えません。その場の語りに「あのときの僕は」と書くと、語る時点が急にずれます。逆に、十年後の語りでも、当時の心の声を地の文に溶かして書く箇所があると、場面に臨場感が戻ります。回想の語りは、当時の声と今の声を行き来できることが強みです。どちらの声で書いている文なのかを、作者が答えられれば大丈夫です。
心の声を( )や『 』で囲む書き方もあります。使う場合は作品の中で一つに決め、地の文に溶かす書き方と混ぜないようにします。感情・思考・身体の反応をどう組み合わせるかは、小説の心理描写の書き方で扱っています。地の文の中で描写・説明・心の声の量を調整したいときは、小説の地の文の書き方が参考になります。
語り手の声を選ぶ
一人称の語り手は、情報の入り口であると同時に、作品の文体そのものでもあります。同じ出来事でも、誰が、いつ、誰に向けて語るかで、選ぶ言葉が変わります。
| 決めること | 作例での決め方 | 文章への表れ方 |
|---|---|---|
| 語り手の年齢と語る時点 | 十五歳の夜の僕/二十五歳の僕 | 十五歳なら「怒ってる」、二十五歳なら「怒っている、と十五の僕は思い」 |
| 語る相手 | 特定の誰かでなく、読者に向けて | 語り手が隠したいことは、読者にも少し遅れて明かす |
| 語り手が目を向けるもの | 姉の顔より手元 | 顔を見られない気まずさが、手元の細部で伝わる |
| 言い切り方 | 断定を避け、言葉を探す | 「〜と思った」「言い返す言葉を探した」が増える |
読者への呼びかけ(「言い訳をさせてほしい」「信じてもらえないかもしれないが」など)を一律に避ける必要はありません。語り手が誰かに打ち明ける理由を持っている作品では、呼びかけが語りの姿勢を伝えます。気をつけたいのは、呼びかけで作者の説明を代わりにさせることです。語り手がその言葉を口にする理由があるかを確かめます。
一人称の語り手の年齢と語彙を合わせることについては、角川文庫『小説講座 売れる作家の全技術』の出版社の目次にも、一人称の回に「一人称の情報の入り口は一点しかない」「主人公の年齢にあった描写をする」という項目が並んでいます。人称を体系的に学びたい場合の手がかりになります。
書き終えた一人称の場面を一文ずつ点検する
最後に、自作の原稿で確かめる手順です。印刷するか、原稿の複製を作ってから始めます。
手順情報源の印を付けて直す
- 語る時点を一行で書き出します(例:「十年後の僕が、姉の結婚式の前夜に思い出している」)。決まっていなければ、ここで決めます。
- 場面の文ごとに、末尾へ印を付けます。【見】その場で見聞きした/【内】自分の体と心/【推】推測/【後】後から知った・聞いた。
- どの印も付けられない文に【×】を付けます。他人の本心の断定や、語り手がいない場所の出来事がこれに当たります。
- 【×】の文を、上の「知り得ない文の直し方」の表に沿って、推測・伝聞・動作に置き換えるか、削ります。
- 【後】の文が、手順1の語る時点と合っているか確かめます。その場の語りなら、【後】は使えません。
- 【推】が続く箇所では、推測を一つに減らし、残りを【見】の文にできないか試します。
確認表一人称の場面の確認表
-
語る時点(その場か、振り返りか)を一行で言える
-
他人の気持ちを確定している文は、意図した思い込みとして書いている
-
後から知った情報には、いつ、誰から知ったかが示されている
-
語り手がいない場所の出来事を、伝聞なしで書いていない
-
語り手が自分の顔や背中を「見て」いない
-
語り手の呼び方(姉、千夏、あの人)が場面の中でぶれていない
-
語り手の語彙と言い切り方が、年齢と語る時点に合っている
【×】の文を直そうとして、一人称のままでは書けない情報がどうしても必要だと分かることがあります。そのときは、別の人物の章を立てる、三人称に変えるなど、語りの方式そのものを見直す段階です。
【見】【推】のどちらとも決めかねる文が残ったときは、その文に印を付けたまま、ほかの人に読んでもらうと判断しやすくなります。「語り手がこれを知っていて不自然ではないか」と、文を指定して尋ねるのがこつです。講評を頼む場合の依頼先の違いは小説の添削はどこに頼む?、尋ねたい点を書き出すには講評・添削の依頼メモが使えます。