小説の視点がぶれるときの直し方|視点変更を読者に伝える
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この記事の答え
視点の変更そのものは誤りではありません。直すのは、読者が「いま誰の認識を読んでいるのか」を見失う箇所と、作者が選んだ語り方から外れた情報が混ざった箇所です。
- 文ごとに、その情報を知っているのは誰か(情報の持ち主)を書き出す
- 段落の途中で持ち主が入れ替わる箇所を、「一人の視点を保つ」「場面を分けて切り替える」「広く知る語りにそろえる」のどれかで直す
- 切り替えるなら、区切りの直後の一文に時間・場所・人物の手掛かりを置く
目次
「視点がぶれている」と指摘されても、どの文を直せばいいのかは分かりにくいものです。複数の人物の視点で書く作品もあるので、「視点を一つにしなさい」と言われても納得できない人もいるでしょう。この記事では、見習いの料理人と料理長の内面が一段落に混ざった初稿を使い、文ごとの情報の持ち主を確かめて直す手順を示します。読み終えたら、自作の中から意図しない情報の混入を見つけ、意図した視点変更を読者に伝わる形に整えられます。
「ぶれ」と「視点変更」を分ける
視点を移すこと自体は、誤りではありません。章ごとに語り手を替える作品もあれば、全体を見渡す語り手が何人もの心の中を語る作品もあります。百科事典の Britannica も、人物の行動と内面の両方を見渡す全知の語りを、視点の一つの型として挙げています。
問題になるのは、次のような場合です。
| 観点 | 意図した視点変更 | 意図しない移動(ぶれ) |
|---|---|---|
| 作者の把握 | どこで、なぜ移したか説明できる | 移したことに気づいていない |
| 位置 | 場面や章の区切り、または全体を見渡す語りの中 | 段落の途中、会話の最中 |
| 読者の反応 | 新しい人物の場面に入ったと分かる | 「今のは誰の気持ち?」と読み返す |
| 情報 | 新しい視点人物の知ることだけが書かれる | 視点人物が知らないはずの情報が混ざる |
直す前に、作品がどの語り方を選んでいるかを一行で書き出します。
- 一人称(誰が、いつの時点から語るか)
- 三人称で一人に寄る(誰に寄るか)
- 三人称で場面ごとに視点人物を切り替える(どの単位で切り替えるか)
- 全体を見渡す語り(語り手がどこまで知り、何を伏せるか)
この一行が判断の基準になります。同じ一文でも、一人に寄る作品なら「ぶれ」ですし、全体を見渡す語りなら問題ない場合があります。方式そのものをまだ決めていない場合は、先に三人称小説の書き方で方式の違いを確かめてください。
文ごとに情報の持ち主を書き出す
視点のぶれを見つけるには、一文ずつ「この情報を知っているのは誰か」を書き出すのが確実です。次の初稿で試します。洋食店の厨房で、閉店後に見習いの里見が、料理長の遠野にデミグラスソースの味見を頼む場面です。作者は「里見に寄る三人称」で書くつもりでした。
作例初稿(二人の内面が一段落に混ざっている)
里見は小皿を差し出した。指先が震えているのが自分でも分かった。遠野は黙ってソースを口に含んだ。悪くない、と遠野は思った。三十年前の自分より、よほど筋がいい。里見は料理長の眉が動くのを見逃すまいとした。きっとまた、焦がしたと言われる。遠野は小皿を置き、「もう一回」とだけ言った。弟子を褒めるのは、まだ早いと思ったからだ。里見はうなだれた。
文ごとに分けて、情報の持ち主を表にします。「誰にでも見える」は、その場にいる人なら誰でも見聞きできることです。
| 番号 | 文 | 情報の持ち主 |
|---|---|---|
| 1 | 里見は小皿を差し出した。 | 誰にでも見える |
| 2 | 指先が震えているのが自分でも分かった。 | 里見(自分の感覚) |
| 3 | 遠野は黙ってソースを口に含んだ。 | 誰にでも見える |
| 4 | 悪くない、と遠野は思った。 | 遠野(内面) |
| 5 | 三十年前の自分より、よほど筋がいい。 | 遠野(記憶との比較) |
| 6 | 里見は料理長の眉が動くのを見逃すまいとした。 | 里見(意図) |
| 7 | きっとまた、焦がしたと言われる。 | 里見(予想) |
| 8 | 遠野は小皿を置き、「もう一回」とだけ言った。 | 誰にでも見える |
| 9 | 弟子を褒めるのは、まだ早いと思ったからだ。 | 遠野(理由) |
| 10 | 里見はうなだれた。 | 誰にでも見える |
持ち主の列を上から読むと、里見→遠野→里見→遠野と、一つの段落の中で内面の持ち主が三回入れ替わっています。里見に寄る作品のはずなのに、4・5・9の三文が遠野の内面です。読者は「この場面は誰の場面なのか」を決められないまま読むことになります。
意図しない心情の入り込みを見つける目印
表を作るほどの時間がないときは、次の目印で疑わしい文を拾います。
| 目印 | 初稿での例 | なぜ疑わしいか |
|---|---|---|
| 「〜と思った」の主語が段落の途中で替わる | 悪くない、と遠野は思った | 内面の持ち主が移った合図 |
| 「〜からだ」で他人の行動の理由を説明する | 褒めるのは、まだ早いと思ったからだ | 理由は本人の内面にしかない |
| 同じ人物の呼び方が揺れる | 「遠野」と「料理長」 | 「料理長」は里見から見た呼び方。呼び方の揺れは、誰の目で書いているかの揺れ |
| 過去の記憶が誰のものか | 三十年前の自分 | 視点人物以外の記憶は、その人の内面 |
| 視点人物に見えない物の描写 | (例)遠野のポケットの中の辞表 | 視点人物の位置から見えるかを確かめる |
| 視点人物が知らない言葉や知識 | (例)里見が知らない業界用語 | 語り手が視点人物から離れている |
呼び方の揺れは見落としやすい目印です。初稿では、遠野の内面を書く文では「遠野」、里見の内面を書く文では「料理長」になっています。作者が無意識のうちに、内面の持ち主に合わせて呼び方を変えていたのです。逆に言えば、呼び方をそろえるだけでも、読者は誰の目で見ているかを追いやすくなります。
直し方を三つ比べる
同じ初稿を、三つの方針で直します。どれが正しいかは、作品全体の方式と、この場面で読者に何を感じてほしいかで決まります。
直し方A:里見の視点を保ち、遠野の本心は後の場面へ戻す
一人の視点を保つ
初稿
里見は小皿を差し出した。指先が震えているのが自分でも分かった。遠野は黙ってソースを口に含んだ。悪くない、と遠野は思った。三十年前の自分より、よほど筋がいい。里見は料理長の眉が動くのを見逃すまいとした。きっとまた、焦がしたと言われる。遠野は小皿を置き、「もう一回」とだけ言った。弟子を褒めるのは、まだ早いと思ったからだ。里見はうなだれた。
直し方A
里見は小皿を差し出した。指先が震えているのが自分でも分かった。
料理長は黙ってソースを口に含んだ。目を閉じたまま、しばらく動かなかった。里見は眉が動くのを見逃すまいとした。きっとまた、焦がしたと言われる。
料理長は小皿を置き、「もう一回」とだけ言った。置く前に、もう一口だけ舐めたように見えた。
里見はうなだれた。
変更の理由
- 遠野の内面(4・5・9)を削り、里見に見える動作(目を閉じて動かない、もう一口舐めたように見えた)に置き換えました。読者は里見と同じく「もう一回」を厳しい言葉と受け取りながら、動作から別の意味を感じ取れます。
- 呼び方は里見から見た「料理長」にそろえました。
- 削った「悪くない」は捨てずに、後の場面へ戻します。たとえば翌朝、里見が鍋のふたに貼られたメモ(「このまま出せ」)を見つける場面を作れば、遠野の本心は里見の視点のまま読者に届きます。
直し方B:場面を分けて、遠野へ切り替える
遠野の「三十年前の自分より筋がいい」という思いを、この場面で読者に知らせたい場合は、場面を分けて視点人物を替えます。
作例直し方B(場面を分ける)
里見は小皿を差し出した。指先が震えているのが自分でも分かった。
料理長は黙ってソースを口に含み、小皿を置いた。
「もう一回」
里見はうなだれた。
*
里見が帰ったあと、遠野は痛む膝をさすりながら、残ったソースを鍋から直にすくった。
悪くない。三十年前の自分より、よほど筋がいい。
それでも、まだ言わない。言えば、あいつはそこで止まる。
切り替えの印は空行と記号で、新しい場面の最初の一文に「里見が帰ったあと」(時間)、「遠野は」(人物)、「痛む膝」(遠野だけの感覚)、「鍋から直に」(場所と動作)を集めています。前半は里見の視点だけで書かれているので、二つの場面の内面が混ざりません。
直し方C:全体を見渡す語りにそろえる
作品全体が、全体を見渡す語りで書かれているなら、二人の内面を一つの場面で扱うこともできます。そのときは、内面へ入る順番と語り手の声を整えます。
作例直し方C(全体を見渡す語り)
里見が小皿を差し出したとき、その指先は震えていた。遠野は黙ってソースを口に含んだ。
二人とも、相手の顔を見ていなかった。里見は焦がしたと言われるのを待ち、遠野は、三十年前の自分ならこの味は出せなかったと考えていた。
「もう一回」
それが、その晩、厨房で交わされた唯一の言葉だった。
語り手は、二人の上に立って「二人とも、相手の顔を見ていなかった」と言います。どちらか一人の目からは言えない文です。内面は一文の中で里見、遠野の順に並べ、段落の中で何度も往復しないようにしています。最後の一文は語り手自身の声で、場面全体をまとめています。
三つの直し方の比較
| 観点 | A:視点を保つ | B:場面を分ける | C:全体を見渡す語り |
|---|---|---|---|
| 切り替えの印 | なし | 空行と記号、時間・人物の手掛かり | 語り手の声(「二人とも」) |
| 読者が知る範囲 | 里見が知ることだけ | 前半は里見、後半は遠野 | 二人の内面と語り手の評価 |
| 遠野の本心 | 後の場面で、里見の視点のまま明かす | この場面の直後に明かす | 同じ場面で並べて明かす |
| 読者の体験 | 里見と一緒に落ちこみ、後で報われる | 二人のすれ違いを先に知って見守る | 少し離れた位置から二人を眺める |
| 向いているとき | 作品全体が里見に寄る三人称 | 場面ごとに視点を替える作品 | 作品全体がこの語り方で書かれている |
注意したいのは、直し方Cを「ぶれを直す手っ取り早い方法」として、この場面だけに使うことです。ほかの場面がすべて里見に寄っているなら、この場面だけ語り手が急に上へ移ることになり、それ自体が新しいぶれになります。
切り替える場所を選ぶ
視点を移すなら、移す場所を選びます。次の位置は、読者が移動に気づきやすい場所です。
- 場面の区切り(空行や記号のあと)
- 章の区切り
- 時間が飛ぶところ(「翌朝」「三日後」)
- 人物が別の場所へ移るところ
反対に、会話のやり取りの最中、一つの段落の途中、場面の山場の最中に移すと、読者は迷いやすくなります。
場面の途中で視点を移す書き方が一律に禁じられているわけではありません。どうしても場面の途中で移したい場合は、段落を改め、移る前に一拍置く動作(誰かが部屋を出る、沈黙が続くなど)を入れ、移った先で元の人物へ戻らない、という三点を守ると、読者がついていきやすくなります。
空行をどこに入れるかは、視点の切り替えだけでなく、作品全体の呼吸にも関わります。集英社オレンジ文庫『マナーはいらない 小説の書きかた講座』の出版社の目次には、「一行アキについて」が前編・後編の二回に分けて並んでいます。章をどこで切るかまで含めて考えたいときは、小説の章の分け方で、場面・時間・視点の切り替えによる区切り方を扱っています。
時間・場所・人物の手掛かりを最初の一文に置く
切り替えた直後の一、二文は、読者が「いま誰の場面か」を確かめる場所です。手掛かりが弱いと、区切りを入れても迷います。
切り替え直後の一文
手掛かりが弱い
悪くなかった。三十年前より、よほど筋がいい。
手掛かりを集めた
里見が帰ったあと、遠野は痛む膝をさすりながら、残ったソースを鍋から直にすくった。
悪くない。三十年前の自分より、よほど筋がいい。
変更の理由
- 修正前は、誰が「悪くなかった」と判断したのか、区切りの前の里見なのか別の人物なのかが分かりません。
- 修正後は、時間(帰ったあと)、人物の名前(遠野)、その人物だけの感覚(膝の痛み)、場所と動作(鍋から直に)を最初の一文に入れました。四つ全部が要るわけではなく、二つあれば伝わりやすくなります。
- 区切りの前の場面と、時間か場所のどちらかが変わっていると、切り替えはさらに伝わりやすくなります。
| 手掛かり | 例 | 使いどころ |
|---|---|---|
| 人物の名前 | 遠野は | 原則として最初の一文に。代名詞「彼」で始めると、前の場面の人物と取り違えやすい |
| 時間 | 里見が帰ったあと/翌朝 | 前の場面からの続きか、時間が飛んだかを示す |
| 場所 | 勝手口の外で/鍋の前で | 同じ場所にいる二人の間で切り替えるときは、位置の違いを示す |
| その人物だけの感覚・知識 | 痛む膝/三十年前の記憶 | 名前だけでなく、内面に入ったことを示す |
修正後の再点検
直したあとは、もう一度、文ごとの情報の持ち主を確かめます。直した箇所の前後で新しいぶれが生まれていることがあるからです。
手順直したあとの点検手順
- 作品の方式を書いた一行を読み返し、直した場面がその方式に合っているかを確かめます。
- 段落ごとに、内面に入っている人物を余白に書きます。一つの段落に二人の名前が並んだら、その段落を見直します(全体を見渡す語りで、意図して並べた場合を除く)。
- 切り替えた箇所の直後の一文に、人物の名前と、時間・場所・感覚のどれかがあるかを確かめます。
- 削った情報や後の場面へ戻した情報が、作品の中で回収されているかを確かめます。直し方Aなら、遠野の本心を明かす場面が本当にあるか。
- 人物の呼び方(遠野/料理長)が、視点人物ごとにそろっているかを確かめます。
- 時間の前後関係を確かめます。場面を分けると、「帰ったあと」のように時間がずれることがあります。出来事の順番が原稿全体で矛盾していないかは、小説の設定矛盾の見つけ方の時系列表で点検できます。
確認表視点の再点検の確認表
-
作品の方式を一行で書ける
-
どの段落でも、内面に入っている人物を一人言える(意図した例外を除く)
-
視点を移した場所は、場面・章の区切り、時間の跳躍、場所の移動のどれかに当たる
-
切り替えた直後の一文に、人物の名前と、もう一つ手掛かりがある
-
削った情報を、必要なら後の場面で別の形で伝えている
-
同じ人物の呼び方が、視点人物ごとにそろっている
-
原稿を初めて読む人に「この段落は誰の場面か」と聞いて、答えが一致する
一人称の原稿で起きるぶれ
一人称で書いている場合も、ぶれの見つけ方は同じです。文ごとに情報の持ち主を書き出すと、語り手の「私」が持てないはずの情報が見つかります。たとえば、相手の本心を言い切った文や、語り手がいなかった部屋での出来事です。
一人称では、それらを推測や伝聞に変えるか、語り手が後から知った形にするかで直します。どの書き方が使えるかは、語り手がいつの時点から語っているかによって変わります。
確認表の最後の項目(初めて読む人に誰の場面かを聞く)は、自分一人ではできません。読み手に何をどう尋ねるかは小説の感想を依頼するには?で質問の作り方を扱っています。切り替えの位置まで含めて講評を受けたい場合は、講評・添削の依頼メモで、視点人物の一覧と気になる段落を整理してから依頼先を選ぶと、返答が具体的になります。