三人称小説の書き方|視点人物と語り手の情報を安定させる
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この記事の答え
三人称では、まず語り手(物語を語る声)と視点人物(語り手がいま寄り添っている人物)を分けます。そのうえで、どの方式で書くかを決め、その方式に合う情報だけを地の文に置きます。
- 一人に寄る三人称:内面に入るのはその人物だけ。ほかの人物の心は推測で書く
- 人物を切り替える三人称:場面や章の区切りで視点人物を替え、切り替えた直後に誰に寄ったかを示す
- 広く知る語り:複数の内面や、人物の知らない事実も書けるが、語り手が何を言い、何を伏せるかを決めておく
どれか一つが正解というわけではありません。読者に何を先に知らせ、何を隠したいかで選びます。
目次
三人称で書き始めたものの、ある段落では主人公の気持ちを書き、次の段落では相手の気持ちを書き、気づくと誰の話か分からなくなっている。そんな原稿は、三人称の書き方が間違っているのではなく、方式を決めないまま書いているのかもしれません。この記事では、十年ぶりに会う二人の待ち合わせ場面を三つの方式で書き分け、それぞれで書ける情報の範囲を表にします。読み終えたら、自作に合う方式を選び、その方式に沿って情報を整理できます。
三人称では「語り手」と「視点人物」を分けて考える
三人称の小説には、二つの役割があります。
- 語り手:物語を語っている声。登場人物ではなく、人物を「木島」「彼」と外から呼びます。
- 視点人物:語り手がそのとき寄り添い、目や耳や考えを借りている人物。
一人称では、語り手と視点人物は同じ「私」です。三人称ではこの二つが分かれるため、語り手が視点人物にどこまで近づくか、視点人物の知らないことまで語るかを、作者が選べます。
百科事典マイペディアは、語り手を「出来事を物語る行為を引き受ける人」、つまり小説の技法を論じるための概念として説明しています。語り手は作者本人と同じではありません。作者が知っている設定を、語り手が全部話す必要はないということです。
違いを二つの文で比べます。
作例視点人物の知ることだけ/語り手が知ること
木島は改札の上の時計を見た。二時を三分過ぎていた。
木島は改札の上の時計を見た。時計は三分進んでいたが、木島はそれを知らなかった。
一つ目の文は、木島の目に見えたことだけでできています。二つ目の文の「三分進んでいた」は、木島が知らない事実です。語り手が視点人物より多くを知っていることを示しています。どちらも三人称として成り立ちます。違いは、語り手を視点人物の内側に置くか、少し上に置くかです。
三つの方式と、資料によって違う呼び名
三人称の語り方は、大きく三つに分けて考えると整理しやすくなります。ただし呼び名は資料によって違い、境目の決め方も一定ではありません。この記事では名前より、内面に入る人物の数と語り手が知っている範囲で区別します。
| この記事での呼び方 | ほかの資料での呼び名 | 内面に入れる人物 | 語り手が知っている範囲 |
|---|---|---|---|
| 一人に寄る三人称 | 三人称一元視点、三人称限定視点、limited third person | 視点人物一人 | 視点人物が見聞きし、考えたこと |
| 人物を切り替える三人称 | 三人称多元視点、複数視点 | 場面ごとの視点人物(一度に一人) | その場面の視点人物が知ること |
| 広く知る語り | 全知の語り、神の視点、omniscient | 必要に応じて複数 | 人物の知らない事実、先の出来事まで |
Britannica は、全知の語りを人物の行動と内面の両方を見渡すもの、限定的な三人称を一人の人物の立場から語る「部分的な見方」として説明しています。日本語の創作解説では「一元」「多元」「神の視点」といった呼び名も使われますが、どこまでを「多元」と呼ぶかなどの線引きは解説によって違います。
このほかに、どの人物の内面にも入らず、見える行動と会話だけを書く語り方もあります。カメラで撮るように外側から書くので、人物の気持ちはすべて読者の推測に任されます。
作例:同じ待ち合わせを三つの方式で書く
同じ出来事を三通りに書き分けます。設定は次のとおりです。
- 地方の駅の改札前。待ち合わせは午後二時。
- 木島:高校時代のバンドのギター。地元に残った。ギターケースを持って待っている。春日は今も東京で歌っていると思っている。
- 春日:同じバンドのボーカル。上京して歌を続けてきたが、先月、東京のバンドをやめた。それをまだ木島に言えていない。十分前に着き、改札の内側の柱の陰にいる。
- 駅の時計は三分進んでいる。二人とも、それを知らない。
方式1:木島に寄る三人称
作例木島に寄る
改札の上の時計が二時を指した。木島はギターケースの持ち手を握り直した。
来ないかもしれない。東京で歌っている人間が、わざわざこんな駅まで戻ってくる理由はない。
改札の向こうの柱のそばに、紺のコートが見えた気がした。目をこらしたときには、もう誰もいなかった。
内面に入るのは木島だけです。「来ないかもしれない」は、「と思った」を付けずに木島の考えを地の文に溶かしています。一人に寄る三人称では、このように視点人物の考えを語り手の文の中で直接書けます。春日は「紺のコート」として一瞬見えるだけで、彼女の事情は読者にも分かりません。
方式2:人物を切り替える三人称
作例木島から春日へ切り替える
改札の上の時計が二時を指した。木島はギターケースの持ち手を握り直した。
来ないかもしれない。東京で歌っている人間が、わざわざこんな駅まで戻ってくる理由はない。
*
柱の陰で、春日は切符を握っていた。改札を出れば木島がいる。ギターケースまで見えている。
先月バンドをやめたことを、まだ言えていない。あの人はきっと、今も私が歌っていると思っている。
切り替えは空行と記号で区切り、切り替えた直後の一文で「柱の陰で、春日は」と、場所と人物を同時に示しています。春日の段落にある「あの人はきっと、今も私が歌っていると思っている」は、木島の内面ではありません。春日の推測です。視点人物が替わっても、一度に内面に入るのは一人という約束は守られています。
読者は木島の思い違いと春日の隠しごとを両方知ったうえで、二人が顔を合わせる瞬間を待つことになります。
方式3:広く知る語り
作例広く知る語り
この駅の時計は三分進んでいる。駅員はみなそれを知っていて、誰も直そうとしない。だから木島が二時になったと思ったとき、本当はまだ一時五十七分だった。
改札の内側では、春日が柱にもたれて切符を握っていた。木島は春日が来ないかもしれないと思い、春日は木島に何から話せばいいかを考えていた。相手もまた自分と同じくらい落ち着かずにいるとは、どちらも考えていなかった。
語り手は、二人とも知らない時計のずれを知っています。さらに、二人の内面を並べて「どちらも考えていなかった」とまとめています。どちらか一人の目では書けない文です。語り手自身にも「駅員はみな」と言い切る声があり、作品の語り口になります。
三つの方式で書ける情報の範囲
| 情報 | 方式1:木島に寄る | 方式2:切り替える | 方式3:広く知る |
|---|---|---|---|
| 木島の内面 | 書ける | 木島の場面で書ける | 書ける。語り手がまとめる形になりやすい |
| 春日の内面 | 書けない。見える様子だけ | 春日の場面で書ける | 書ける |
| 時計が三分進んでいること | 書けない | 書けない | 書ける |
| 二人に共通する思い違い | 書けない | 読者が二つの場面から気づく | 語り手が直接言える |
| 読者の位置 | 木島と一緒に待つ | 二人の事情を知って見守る | 町の上から見下ろす |
| 向いている作品 | 謎や不安を主人公と共有させたい | 人物の食い違いやすれ違いを見せたい | 大勢の人物、長い時間、語り手の声そのものを味わわせたい |
方式1は情報が少ないぶん、春日が改札から出てきたときの驚きを読者と木島が同時に味わえます。方式2では驚きは減りますが、再会の場面に「いつ言うのか」という緊張が生まれます。方式3は一歩引いた語りで、二人の再会をやや物語めいた出来事として見せます。同じ出来事でも、方式によって読後の感触が変わります。
一人に寄る三人称:視点人物との距離を調節する
一人に寄る三人称では、語り手がどれだけ視点人物に近づくかを、文ごとに調節できます。
| 距離 | 例 | 効果 |
|---|---|---|
| 遠い | 木島は落ち着かない様子で、何度も時計を見上げた。 | 外から観察している。冷静、客観的に見える |
| 中くらい | 木島は時計を見上げた。二時を過ぎていた。 | 木島が見たものを語り手が伝える |
| 近い | まだか。木島は時計を見上げた。 | 木島の考えがそのまま地の文に出る |
場面の山では近く、移動や時間の経過は遠く、というように使い分けると、語りに緩急がつきます。気をつけたいのは、近づいたときに使う言葉です。木島に近い文では、木島が使わない言葉(彼が知らない専門語や、彼らしくない言い回し)を避けると、視点人物の考えとして自然に読めます。
ほかの人物の気持ちは、一人に寄る三人称では推測として書きます。ただ、一人称と違って語り手は「私」ではないので、推測の主は「木島は、春日が怒っているのだと思った」のように視点人物になります。語り手が「春日は怒っていた」と言い切ると、その一文だけ方式が変わります。
人物を切り替える三人称:区切りと最初の一文を決める
視点人物を切り替える場合、決めておくことは三つです。
- 切り替える単位:場面ごとか、章ごとか。短編なら場面ごと、長編なら章ごとが扱いやすい目安です。
- 区切りの印:空行、記号、章番号など。作品の中で印の使い方をそろえます。
- 切り替えた直後の一文:誰に寄ったかを最初の一、二文で示します。名前に加えて、その人物だけが持っている感覚や知識を置くと伝わりやすくなります。
作例の方式2では「柱の陰で、春日は切符を握っていた」が、場所(柱の陰)、人物(春日)、その人物だけが持つ物(切符)を同時に示しています。
複数の人物を切り替える作品では、場面ごとに「視点人物・その人が知っていること・まだ知らないこと」を一覧にしておくと、情報の漏れを防げます。
ひな形視点人物の一覧(場面ごとに一行)
場面番号/視点人物/場所と時間/この人物が知っていること/まだ知らないこと 例)3/春日/駅の改札内・二時前/木島がギターを持って来ている。退団をまだ木島に話していない/駅の時計が三分進んでいること
広く知る語り:知っていることを全部言わない
広く知る語りでは、人物の内面も、人物の知らない事実も書けます。そのぶん、語り手が何を言い、何を伏せるかの選択が作品の形を決めます。
- 語り手の声を決める:町の古老のように語るのか、淡々と記録するように語るのか。方式3の「駅員はみなそれを知っていて」は、少し皮肉な語り手の声です。
- 内面に入る順番を決める:一つの段落の中で複数の人物の心へ何度も跳ぶと、読者がついていきにくくなります。段落ごとに一人ずつ入る、あるいは方式3のように二人をまとめて上から言う、などの形を選びます。
- 伏せる情報を決める:全知の語り手でも、結末を最初に言う必要はありません。ミステリーなら、語り手が犯人の内面に入らない理由を作品の中で作っておきます。
全知の語りは、古い書き方だから避けるべき、というものではありません。登場人物が多い群像劇や、何十年もの時間を扱う物語では、一人に寄る語りより自然に情報を運べることがあります。
方式を選ぶための問い
| 問い | 答えが「はい」なら合いやすい方式 |
|---|---|
| 読者に、主人公と同じ不安や謎を体験させたいか | 一人に寄る三人称 |
| 二人以上の人物の思い違いを、読者だけが知っている状態にしたいか | 人物を切り替える三人称 |
| 人物のだれも知らない事実や、先の出来事を語りたいか | 広く知る語り |
| 登場人物の内面を、読者に推測させたいか | 内面に入らない語り、または一人に寄る三人称 |
| 長編で、場所や時間が大きく離れた出来事を並行させたいか | 人物を切り替える三人称、または広く知る語り |
一つの作品の中で、基本は一人に寄りながら、プロローグだけ広く知る語りにする、といった組み合わせもあります。その場合も「どこで、なぜ方式を変えるか」を作者が説明できることが大切です。
人称と方式は、入門書でまとまった回を設けて扱われることもある主題です。たとえば集英社オレンジ文庫『マナーはいらない 小説の書きかた講座』には、「人称について(一人称編)」「人称について(三人称編)」の二つの回があります。
選んだ方式に照らして、無意識の移動を直す
方式を決めたら、原稿の中でその方式から外れた文を探します。基準は「三人称だから」ではなく、自分が選んだ方式に合っているかです。
木島に寄る場面に、春日の内面が一文混ざった例
修正前
改札の上の時計が二時を指した。木島はギターケースの持ち手を握り直した。来ないかもしれない。
そのとき春日が改札から出てきた。言わなきゃ、と春日は思った。
「久しぶり」と木島は言った。
修正後(木島に寄る方式を保つ)
改札の上の時計が二時を指した。木島はギターケースの持ち手を握り直した。来ないかもしれない。
そのとき春日が改札から出てきた。何か言いかけて、唇を閉じたように見えた。
「久しぶり」と木島は言った。
変更の理由
- この場面は木島に寄る方式で書いているので、「言わなきゃ、と春日は思った」だけが方式から外れています。木島に見える動作(言いかけて閉じた唇)に置き換えました。
- 春日の「言わなきゃ」を読者に伝えたい場合は、直し方が変わります。空行で区切って春日に寄る場面を作る(方式2)か、作品全体を広く知る語りにして語り手の声で伝える(方式3)かです。どれを選ぶかは、作品の方式の宣言に戻って決めます。
確認表三人称の方式を保てているかの確認表
-
作品(または章)の方式を一行で書ける(例:「基本は木島に寄る。第三章だけ春日」)
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各場面の視点人物を名前で言える
-
一人に寄る場面で、ほかの人物の気持ちを語り手が言い切っていない
-
視点人物を切り替えた直後の一、二文で、誰に寄ったかが分かる
-
広く知る語りで、一つの段落の中で内面に入る人物が何度も入れ替わっていない
-
語り手が知っていて人物が知らない情報を、意図して出している
場面の途中で視点がずれている箇所が多い場合や、意図して視点を移したのに読者が迷うと言われた場合は、文ごとに情報の持ち主を確かめる作業が必要になります。
一人称に切り替えたほうが合うかもしれないと感じたら、一人称小説の書き方で、語り手が知り得る情報の範囲を確認できます。視点人物の内面を、感情・思考・行動のどれで伝えるかは小説の心理描写の書き方で扱っています。
自分では方式どおりに書いたつもりでも、読者がどの人物の物語として読んだかは、読んでもらわないと分かりません。講評を頼むなら、方式の一行を伝えたうえで「この場面は誰に寄って読めたか」を尋ねると、答えを原稿に戻しやすくなります。頼み先の種類と選び方は小説の添削はどこに頼む?で比べています。