小説で怒りを描写するには?爆発・抑制・冷静さを描き分ける
PRこの記事には広告リンクを含みます。広告と紹介の基準
この記事の答え
怒りは叫び声だけでなく、黙る、急に丁寧になる、理屈を並べる、手を動かしつづけるといった反応でも描けます。どれを選ぶかは、人物の性格と、怒りを受けてその人物が何をしようとしているかで決めます。
- 怒りの理由は、怒りが出る場面より前に、読者に見える形で置いておく
- 抑えた怒りは、普段との差(急な敬語、多すぎる茶葉、正確すぎる数字)に漏れる
- 怒った「あと」の行動まで書くと、怒りが人物の選択と次の展開につながる
目次
怒る場面になると、人物がいつも叫んでしまう。あるいは抑えた怒りを書いたつもりが、読者には何も起きていないように見える。どちらも、怒りの「出し方」を一種類しか持っていないことから起きます。この記事では、実家の片づけをめぐる兄と妹の架空の場面を使い、同じ不公平を、声を荒げる人・抑える人・冷静に対処する人の三人で書き分けます。言葉の選び方、間、行動の目的を比べたうえで、理屈で隠す怒りや、怒ったあとの行動までつなげます。
怒りの理由を、怒りが出る場面より前に置く
怒りの場面でまず確かめたいのは、読者が、人物と同じだけの理由を知っているかです。理由を知らない読者には、どれほど上手に書いた怒りも、大げさな反応に見えます。
この記事で使うのは、次のような場面です。母が亡くなって八か月、実家の片づけはほとんど妹が一人で進めてきました。そこへ、半年ぶりに兄の誠一が来て、片づけの業者を勝手に頼んだと告げます。まず、この場面を「理由を後から説明する書き方」と「理由を前に置く書き方」で比べます。
理由を後から説明する書き方を、前に置く書き方へ
修正前
「業者、来週の土曜に頼んどいたから。全部まとめて持っていってもらう」
「ふざけないでよ!」と妹は叫んだ。妹がこんなに怒ったのには理由があった。母が亡くなってから八か月、実家の片づけは妹が一人でしてきたのだ。
修正後
土曜の朝、誠一が半年ぶりに実家の玄関を開けた。
居間には段ボール箱が十四個積んである。側面には妹の字で「残す」「寄付」「捨てる」と書き分けてあった。「残す」の箱のいちばん上には、母の裁縫箱がのっている。
誠一は箱の山をひと回り見て、言った。
「業者、来週の土曜に頼んどいたから。全部まとめて持っていってもらう。そのほうが早いだろ」
変更の理由
- 修正前は、怒りが先に出て、理由があとから語り手の説明で来ます。読者は一度「なぜそこまで怒るのか」と置いていかれ、そのあと説明を受け取ることになります。
- 修正後は、理由を物(妹の字で書き分けた箱、「残す」の上の裁縫箱)として、兄の一言より前に置きました。妹がまだ何も言わないうちから、読者は兄の「全部」が何を踏みにじる言葉なのかを知っています。
- 修正後には、妹の反応をまだ書いていません。理由が先に置いてあれば、このあと妹が叫んでも、黙っても、読者はその反応を理解できます。
- 怒る理由をわざと伏せ、あとで明かす構成もあります。その場合も、「何かがおかしい」と読者が気づける反応を一つ置いておくと、理由が明かされたときに怒りの場面を読み返せます。
以下では、この修正後の場面を共通の場面として使います。
対立する相手にも、相手なりの理由があります。誠一は遠方に住み、仕事の休みが取れず、費用と手間を減らしたいのかもしれません。相手の理由まで考えておくと、怒る側の言葉も一方的な非難で終わらなくなります。対立相手の目的の作り方は、小説の悪役の作り方で扱っています。
兄の一言を、声を荒げる・抑える・冷静に対処する妹で書き分ける
ここからは、共通の場面の兄の一言を受ける妹を、性格だけ変えて三通りに書きます。名前も変えておきます。
- 晴美:思ったことをすぐ口にする
- 佳代:兄に逆らったことがない。争いを避けてきた
- 志保:筋道を立てて考える。言い争いで消耗するのを嫌う
作例晴美(声を荒げる)
「は? 全部って、全部?」
晴美の声が、自分でも驚くほど大きく出た。
「この箱、見えてる? 『残す』って書いてあるの、見えてる? 兄さんが来なかった八か月、毎週ここに来て、一個ずつ開けて決めたんだよ。それを電話一本で」
「だから、そういう手間を省こうって——」
「省いたのは兄さんでしょう」
晴美は「残す」の箱を一つ抱え上げ、玄関まで運んで床に下ろした。戻ってくると、もう一つ抱えた。
作例佳代(抑える)
「……そう」
佳代はそれだけ言って、台所に立った。やかんに水を入れて、火をつけた。
「お茶、飲むでしょう」
「ああ、悪いな」
佳代は湯のみを二つ出し、急須に茶葉を入れた。いつもの倍は入れたと気づいたが、そのまま湯を注いだ。
「業者の方には、いつまでに連絡すればいいんですか」
誠一は湯のみを受け取りかけて、手を止めた。妹が自分に敬語を使うのを、初めて聞いた。
作例志保(冷静に対処する)
志保は「残す」の箱の上から、母の裁縫箱を下ろした。
「業者に頼むのはいいと思う。早いのは本当だし」
「だろ?」
「ただ、この四つの箱は持っていかないで。中身の一覧は今夜送る。兄さんが要らないと思う物には印をつけて返して。それを見てから、業者の人に運ぶ箱を伝える」
志保は裁縫箱を、自分のバッグの横に置いた。
「今日はこれで帰るね。この先はメールでやりとりしよう」
誠一が何か言う前に、志保はもう玄関で靴をはいていた。
| 晴美(声を荒げる) | 佳代(抑える) | 志保(冷静に対処する) | |
|---|---|---|---|
| 言葉の選び方 | 兄の「全部」を繰り返して問い詰める。兄の「省く」を「省いたのは兄さん」と言い返す | 「そう」の一語。急に敬語になる | 兄の言い分を一度認めてから、「この四つの箱」と数で区切った条件を出す |
| 間 | 相手の言葉を遮る。間がない | 返事の前と、茶を入れる間が長い | 自分の話は区切りよく進め、相手の返事を待たずに切り上げる |
| 行動の目的 | 箱を今すぐ守る(その場で運び出す) | 衝突を避ける。ただし茶葉の量と敬語に怒りが漏れる | 自分が守りたい物を確保し、話し合いを距離のとれる形に移す |
| 読者が受け取る人物像 | 不公平をその場で正そうとする | 怒りを外に出す回路を持っていない | 怒りを手続きに変えて、結果をとりにいく |
三人のどれが正しい怒り方、ということはありません。違うのは、怒りを受けて何をしようとしているかです。晴美は箱を守ろうとし、佳代は兄との関係を壊さないことを優先し、志保は自分の取り分を確保して、兄と顔を合わせない形に話を移しました。行動の目的が決まると、台詞も、間も、動作も自然に決まります。
人物の怒り方は、年齢や性別、きょうだいの順番で決めるものではありません。同じ人物でも、相手が兄か、職場の上司か、自分の子どもかで出方が変わることがあります。人物ごとに「この相手には、どう怒るか」を一行で決めておくと、ぶれにくくなります。
怒りの種類(いらだち、激怒、思うように進まないフラストレーションなど)ごとに反応の候補を引ける創作向けの資料もあります(『感情類語辞典[増補改訂版]』など)。ただ、資料は人物が怒りを受けて何をしようとしているかまでは決めてくれません。この節の比べ方で行動の目的を先に決めてから引くと、候補を選びやすくなります。資料の選び方は小説に使う類語辞典のおすすめと選び方で比べています。
声と言葉は、大きさより「普段との差」で選ぶ
声を荒げる怒りを書くと、音量だけを上げて終わってしまうことがあります。けれども、怒りを伝える手段は声の大きさだけではありません。
| 変えられるところ | 例 | 伝わること |
|---|---|---|
| 声の大きさ | 自分でも驚くほど大きく出る | 怒りの強さ。ただし何に怒っているかは伝わらない |
| 速さと間 | 相手の言葉を遮る/返事の前に長く黙る | 冷静さを保てているかどうか |
| 言葉づかい | 急に敬語になる。呼び方が「兄さん」から「誠一さん」に変わる | 相手との距離を、怒りの分だけ広げている |
| 相手の言葉の繰り返し | 「全部って、全部?」「省いたのは兄さんでしょう」 | 怒りの的が、相手の言った言葉そのものにある |
| 体の位置 | 立ち上がる、部屋を出る、背を向けたまま話す | その場に留まれるかどうか |
どれを使うかは、その人物の普段との差で選びます。普段から声の大きい人物が大声を出しても、読者には変化が見えません。普段は穏やかな佳代が敬語を使ったことのほうが、大声より強く響きます。
大声と感嘆符だけの怒りを、言葉の選択で見せる
修正前
「全部!? 全部って何!? ふざけないで!!」晴美は大声で怒鳴った。怒りで顔が真っ赤になり、声が震えた。「信じられない!!」
修正後
「は? 全部って、全部?」
晴美の声が、自分でも驚くほど大きく出た。
「この箱、見えてる? 『残す』って書いてあるの、見えてる?」
変更の理由
- 修正前は、感嘆符を重ね、「怒鳴った」「真っ赤」「震えた」と強さを示す語を並べています。怒りが強いことは分かりますが、晴美が何に怒っているのかは書かれていません。
- 修正後は、声の大きさを「自分でも驚くほど」と一度だけにしました。代わりに、兄の「全部」を繰り返すこと、自分の字で「残す」と書いた箱を指すことで、怒りの的を具体にしています。
- 晴美に寄った視点で書いている場面なら、晴美は自分の顔の赤さを見られません。顔色を使うなら、兄の目から見た場面にします。
- 喜劇調の作品や、感情を大きく描く文体では、感嘆符の多い台詞が人物の味になることもあります。その場合も、何に怒っているかの言葉を一つは入れます。
声の高さ・速さ・間を、場面の空気に合わせて選ぶ方法は、小説の声の描写で詳しく比べています。
抑えた怒りは、どこに漏れるかを決める
抑えた怒りが伝わらないのは、本当に何も書いていないからです。人物が怒りを抑えていても、どこかに漏れる場所を一つ作ります。佳代の作例では、茶葉の量と敬語がそれでした。
| 漏れる場所 | 例 | 書くときの注意 |
|---|---|---|
| 言葉づかい | 家族に敬語を使う。呼び方が変わる | 相手が気づく描写を添えると、読者も気づける |
| 手元の量や力 | 茶葉を倍入れる。ふたを閉める音が少し大きい | 量や音は一つに絞る。重ねると抑えていないように見える |
| 返事の短さ | 「そう」「わかった」だけ | 前後の場面で、普段はもっと話す人だと見せておく |
| 場違いな笑い | 謝られて、短く笑う | 笑いの直後に、言葉か動作を一つ置いて意味を固定する |
| 一人になってからの行動 | 夜に一人で箱を運び出す | 後の節で扱う「その後の行動」につなげる |
抑えた怒りは、読者に推測をまかせる書き方です。漏れる場所が一つもないと、人物が怒っていないのか、怒りを隠しているのか、読者には判断できません。反対に、漏れる場所を三つも四つも置くと、もう抑えた怒りには見えなくなります。佳代の作例で、兄が「敬語を初めて聞いた」と気づく一文を入れたのは、読者に漏れを確実に届けるためです。
怒りを抑えた人物が黙りこむ場面で、沈黙の長さや、黙っている間の動作で緊張を作りたいときは、小説の沈黙の描写が参考になります。
理屈で隠す怒りと、冷静な対処を分ける
志保のように冷静な人物と、怒りを理屈で隠している人物は、外から見ると似ています。違いは、やはり行動の目的です。冷静な対処は、問題を片づけることを目的にします。理屈で隠す怒りは、表向きは冷静でも、相手に非を認めさせること、相手を言い負かすことが目的になっています。
その違いは、言葉の余分なところに出ます。
「理屈で隠していた」という説明を、台詞の余分さで見せる
修正前
志保は怒っていた。けれども感情的になるのは嫌いだったので、理屈で兄を説得しようとした。彼女の言葉は冷静だったが、その裏には激しい怒りがあった。
修正後
「怒ってないよ。事実を言ってるだけ」
志保は、母の裁縫箱を膝の上に置いた。
「私がここに来たのは三十一回。一回で往復二時間半。開けた箱は十四個で、中身はたぶん四百……数えてないけど、四百はあると思う。兄さんがここに来たのは、今日を入れて二回。だから、電話一本で決めたほうが早いっていうのは、その通りだと思う」
変更の理由
- 修正前は、語り手が「理屈で隠していた」「裏には怒りがあった」と答えを先に言ってしまっています。読者が気づく楽しみがなく、志保の理屈がどんなものかも見えません。
- 修正後は、片づけに必要のない数字(来た回数、往復の時間)を正確に並べることで、志保がずっと数えていたこと、つまり不公平を記録しつづけていたことを示しました。
- 「四百……数えてないけど」と言いかけて直すところに、数えるほどに腹を立てていた本音が一瞬のぞきます。最後の「その通りだと思う」は、兄の言い分を認める形をとった皮肉で、言い負かすことが目的だと分かります。
- 理屈で隠す人物を書くときに「怒ってない」と言わせる手は分かりやすい反面、何度も使うと見え透いてきます。一つの作品で一度にとどめるのが無難です。
冷静な対処の志保は、裁縫箱をバッグの横に置き、一覧を送ると言って帰りました。理屈で隠す志保は、裁縫箱を膝に置いたまま、その場で兄に数字を突きつけています。同じ人物でも、どちらの目的で動いているかで、場面の向かう先が変わります。
怒りの段階と、そのあとの行動をつなぐ
怒りは一瞬で爆発するように見えても、書くときは段階に分けて考えると整理しやすくなります。どこで引っかかり、どこでこらえ、何をきっかけに外へ出て、そのあと何をするか。三人の妹について並べると、次のようになります。
| 段階 | 晴美 | 佳代 | 志保 |
|---|---|---|---|
| 引っかかる | 兄の「全部」 | 「業者」という語。もう決まっていること | 「そのほうが早いだろ」と同意を求める言い方 |
| こらえる | ほとんどない | 茶を入れる間 | 裁縫箱を下ろす間 |
| 外に出る | 声、遮る、箱を運ぶ | 敬語、茶葉の量 | 条件を出して、帰る |
| そのあと | 帰りの車で、言いすぎた一言を思い返す | 夜、一人で戻って箱を運び出す | 一覧を送り、兄の返事を待つ |
このうち、書き落としやすいのが最後の「そのあと」です。怒りの場面を台詞の応酬で終えてしまうと、怒りがその場で消えてしまいます。怒ったあとに人物が何をするかを書くと、怒りが人物の選択になり、次の場面を動かします。
作例佳代のその後(同じ日の夜)
その夜、佳代は一人で実家に戻った。玄関の明かりだけをつけて、「残す」の箱を一つずつ車のトランクに運んだ。四つ目の箱は重くて、玄関の段差に二度下ろして休んだ。
兄には、何も知らせなかった。
昼間は敬語と茶葉にしか出なかった佳代の怒りが、夜になって行動になりました。兄が来週の土曜に箱の数が足りないことに気づけば、そこから次の場面が始まります。抑える人物の怒りは、その場では外に出なくても、こうして後の行動で筋を動かせます。
晴美のように、その場で言いすぎた人物なら、「そのあと」には後悔や、言った言葉の反響を置けます。たとえば、帰りの車で「兄さんが来なかった八か月」と言った自分の口調が、母の小言にそっくりだったと気づく、といった一文です。怒りは暴力や決裂に向かうとは限らず、言いすぎた後悔、相手と距離を置く決断、黙って守る行動など、人物ごとに別の形で続いていきます。
練習自作の人物で、同じ不公平を三通りに書く(25分)
- 自作の中から、人物が不公平な扱いを受ける場面を一つ選びます。
- 怒る理由になる物や出来事を、怒りが出る場面より前に一つ置きます。
- その人物の性格のまま一度書き、次に「声を荒げる」「抑える」「冷静に対処する」のうち、本来の性格と違う二つでも書いてみます。
- 三つを、言葉の選び方・間・行動の目的で比べ、人物に合うものを選びます。
- 選んだ版に、「そのあと」人物が何をするかを二、三文で足します。
確認表怒りの場面の確認表
-
怒りの理由を、怒りが出る場面より前に、物や出来事として置いている
-
人物が怒りを受けて何をしようとしているか(守る・避ける・片づける・言い負かす)が決まっている
-
声の大きさだけでなく、言葉づかい・間・相手の言葉の繰り返しから選んでいる
-
抑えた怒りに、漏れる場所が一つある(多すぎない)
-
理屈で隠す怒りを、語り手の説明でなく台詞の余分さで見せている
-
怒ったあとに人物が何をするかが書いてある
自分で書き分けても、読者が人物の怒りをどう受け取ったかは、確かめないと分かりません。原稿があり、具体的な疑問が残っている場合は、読み手に「この人物は怒っていると分かったか」「怒りすぎ、または冷たすぎると感じた人物はいたか」を尋ねると、漏れる場所の量を調整できます。尋ね方は小説の感想を依頼するには?で扱っています。有料の講評を頼むなら、講評・添削の依頼メモに、人物ごとの「怒りを受けて何をしようとしているか」を一行ずつ書き添えておくと、その目的が台詞と行動から読み取れるかを見てもらえます。依頼先の違いは小説の添削はどこに頼む?で比べています。