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小説

小説の悪役の作り方|目的と対立から納得できる人物を設計する

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この記事の答え

悪役は、悪いことをする人として作るより、主人公と同じものを必要とし、本人なりの筋で別の答えを選ぶ人物として作ります。

  • 「敵役(主人公の目的を阻む立場)」と「悪人(倫理的に悪いことをする人)」を分けて、どちらの役目を持たせるか決める
  • 敵役の目的と、主人公の目的が両立しない条件を表にし、敵役から見た選択の理由と、譲れない点を一つ決める
  • 能力と制約の両方を持たせる。悲しい過去や共感できる事情は必須ではなく、行動の筋が通っていれば納得は生まれる
目次

主人公の前に立ちはだかる人物が、ただ意地悪をする、ただ強い、というだけで終わってしまう。悪役の理由を足そうとして、生い立ちや悲しい過去を長々と書いてしまう。どちらも、悪役が何を手に入れようとしていて、なぜ主人公と同じ道を選べないのかが決まっていないときに起こりやすい問題です。この記事では、日照りの夏に一本の用水路の水を必要とする二人を設計し、同じ対立を利益・信念・恐れの三つの動機で作り分けて、敵役の行動がどう変わるかを比べます。読み終えたら、自作の敵役について、主人公と対立する理由を行動で示せるようになります。

敵役と悪人を分けて考える

「悪役」という言葉には、二つの意味が混ざっています。辞書でも、「敵役(かたきやく)」は芝居で悪人にふんする役のほか、人から憎まれる立場にある人(「敵役に回る」)という意味で説明されています(デジタル大辞泉)。物語を作るときは、この二つを分けて考えると設計しやすくなります。

主人公の目的を阻む(敵役) 主人公の目的を阻まない
倫理的に悪いことをする(悪人) 嘘や不正で主人公を阻む人物 主人公とは別の場所で悪事をする人物。共通の敵になることもある
倫理的に悪いことはしない 正しいと信じるやり方で、主人公と対立する人物 対立しない脇役

左上だけを「悪役」と考えると、敵役はいつも嘘をつき、不正をすることになります。けれども、物語の対立を担うのは左の列全体です。左下の、悪人ではない敵役は、主人公と同じくらい筋の通った人物として書けるので、対立が「正しい側と悪い側」ではなく「どちらを選ぶか」の問題になります。

どちらが優れているわけではありません。冒険小説やミステリーのように、悪事そのものが物語の謎や危機を作る作品では、左上の悪人が必要です。家族や職場、地域の物語のように、身近な人との対立が中心の作品では、左下の敵役を置くと対立を組みやすくなります。大事なのは、自分の作品の敵役がどちらの役目を持つのかを、書き始める前に決めておくことです。

注意悪を外見や属性の印にしない

醜い顔、障害や病気、出身地や民族、性的指向、話し方の訛りなどを、悪人であることの目印にするのは避けます。読者に偏見を植えつけるうえ、人物が「悪人らしい記号」の寄せ集めになり、行動の理由が見えなくなります。敵役であることは、外見や属性ではなく、目的と選択で示します。

同じものを必要とする二人を設計する

主人公の邪魔をするだけの悪役は、主人公の目的が先にあり、それを阻むために後から置かれた人物です。そうならないためには、敵役にも主人公と同じ重さの目的を持たせ、二人が同じものを必要とする状況を作ります。

作例の状況は次のとおりです。

八月、雨が三週間降っていない。山あいの集落では、用水路の水を堰で分け、上流の田から順に一日ずつ入れる決まりになっている。今年の水量は例年の半分ほど。稲はちょうど穂が出る時期で、ここで水が切れると実りが大きく減る。

主人公:早瀬(三十一歳) 敵役:榊原(四十八歳)
立場 祖父の田を継いで三年目。最下流の田 集落でいちばん広い田を作る農業法人の代表。堰の水門の鍵を預かっている
必要なもの この十日間の用水路の水 同じ
目的 三年目で初めて、自分の手で稲を実らせる (動機によって変わる。次の節の表)
失うもの 今年の収穫と、田を続けるかどうかの決心 (動機によって変わる)

そして、二人の目的が両立しない条件を書き出します。

両立しない条件 内容
量が足りない 水は例年の半分。両方の田を満たす量はない
分けると両方が損をする 半分ずつ分ければ、どちらの田も実りが落ちる
決まりが一方に有利 上流から順の決まりでは、早瀬の番は最後。水が来るのは八日目で、穂の出る大事な時期に間に合わないおそれがある
代わりがない 井戸を掘る時間も、水を買う手段もない

この表を埋めると、敵役は「主人公の邪魔をする人」ではなく、「同じ水を必要とし、決まりの上では有利な位置にいる人」になります。条件のどれか一つでも外れると、二人は話し合えば済んでしまうので、対立が成り立つかを確かめる表にもなります。

同じ組み立ては、ほかのジャンルにも置き換えられます。

ジャンル 二人が必要とするもの 両立しない条件の例
ファンタジー 一度しか使えない癒やしの泉 泉は一人分。主人公は仲間を、敵役は自分の国の王を救いたい
学園もの 大会の出場枠 枠は一つ。実力はほぼ同じで、選考は一度きり
職場もの 閉鎖を免れる一つの部署 予算は一部署分。統合すれば片方の仕事はなくなる
ミステリー 亡くなった人の遺した土地 遺言がない。売れば一方の生活が救われ、残せば一方の約束が守られる

動機を、利益・信念・恐れの三つで比べる

敵役の目的が決まったら、その奥にある動機を決めます。ここでは、同じ榊原を三つの動機で作り分けます。

利益の榊原 信念の榊原 恐れの榊原
目的 法人の酒米を契約どおり納め、違約金を避ける 堰の順番を守り、集落の水を公平に保つ 去年の失敗を二度と繰り返さない
動機の中身 損得。法人の利益と、雇っている人の給料 順番を一度崩せば、来年から毎年争いになると考えている 去年、水を分けすぎて法人の田を枯らし、二人に辞めてもらった
早瀬に頼まれたときの反応 取引を持ちかける 断る。ただし寄り合いで決め直すことは認める 「考えておく」と言い、裏で水門を動かす
譲れない点 損をすること 一人の判断で順番を崩すこと 自分の田の水が減ること
譲れる点 見返りがあれば、水を回す 全員で決めた新しい順番には従う (ほとんどない。追い詰められると嘘をつく)
敵役か悪人か 敵役。条件次第で味方にもなる 敵役だが、悪人ではない 敵役で、不正をする

同じ「水を渡さない」という立場でも、頼まれたときの反応はまったく違います。

作例利益の榊原

「三日回してもいい」榊原はスマートフォンの電卓を叩いた。「その代わり、来年からあの田の作付けはうちの法人に任せてもらう。地代は払う。あんたは田んぼに縛られなくて済む」

作例恐れの榊原

「考えておく」と榊原は言った。
その夜、早瀬が見回りに行くと、堰の水門は榊原の田の側へ、目盛り二つ分開いていた。

利益の榊原は、早瀬が手放そうとしないもの(祖父の田)に値段を付けます。恐れの榊原は、正面からは対立せず、見えない所で動きます。どの動機を選ぶかで、主人公が何と戦うことになるかが変わります。利益の敵役なら「田を守るか、今年の稲を取るか」、恐れの敵役なら「不正を暴くかどうか」、信念の敵役なら次の節で見るように「決まりそのものを変えられるか」が、主人公の課題になります。

三つは混ぜてもかまいませんが、一つを中心に決めておくと、敵役の行動がぶれません。中心でない動機は、追い詰められた場面で一度だけ表に出すと効きます。

主人公と価値観をぶつける

対立を深くするには、二人の価値観が正面からぶつかる場面を作ります。信念の榊原を選んだ場合、二人の価値観は次のように対立します。

早瀬 榊原
大事にしていること 目の前の稲。今年を逃せば、田を続けられない 集落の決まり。来年も再来年も、争わずに水を分けられること
相手の価値観の弱いところ 決まりを守って稲が枯れたら、誰も救われない 一人のために順番を崩せば、間の六軒が損をする
相手について知らないこと 榊原の田も、今年は水が足りていない 早瀬が、今年だめなら田をやめるつもりでいること

どちらにも理があり、どちらにも弱いところがある。この形にすると、敵役の言葉が主人公にとって痛いものになります。次の場面は、早瀬の視点で書いていますが、敵役から見た選択の理由と、譲れない点がセリフに出るようにしました。

作例作例:堰の上で(信念の榊原)

堰の上で、榊原は水門の目盛りを見ていた。
「榊原さん、うちの田に、三日だけ先に水を回してもらえませんか。穂が出はじめてるんです」
「どこの田も出はじめてる」
「うちは一番下だから、順番を待ってたら、来るころには終わってます」
榊原は目盛りから目を離さなかった。「順番は、寄り合いで決めた。上から順に、一日ずつ。去年もおととしも、そうしてきた」
「去年とおととしは、水があったじゃないですか」
「水がない年に崩すために、順番を決めてるんじゃない」榊原は初めて早瀬を見た。「あんたの田に三日回せば、間の六軒が三日ずつ遅れる。その六軒に、あんたが頭を下げて回るのか」
早瀬は答えられなかった。
「寄り合いを開いて、順番を決め直すなら、反対はしない。私は一票しか持ってない」
榊原は水門の鍵をポケットに戻した。

この場面で榊原は、自分の田のことを一言も言っていません。損得ではなく決まりの話だけをするので、信念で動く人物だと分かります。そして最後に、譲れない点(一人で順番を崩すこと)と、譲れる点(寄り合いで決め直すこと)を自分で示しています。これで早瀬のやるべきことが決まります。六軒を回って寄り合いを開かせ、自分の言葉で全員を説得すること。敵役が譲れる点を持っていると、物語は「敵役を倒す」以外の山場へ進めます。

読者が榊原に共感するかどうかは、ここでは問題にしていません。榊原を冷たいと感じる読者もいるでしょう。それでも、榊原の行動の筋が通っていれば、読者は「この人ならこうする」と納得できます。共感と納得は別のもので、敵役に必要なのは納得のほうです。

能力と制約の両方を持たせる

敵役が強すぎると、主人公はどうやっても勝てず、物語は作者の都合で終わります。弱すぎると、対立に緊張が生まれません。敵役には、主人公にない能力と、敵役でも越えられない制約を、両方持たせます。

早瀬 信念の榊原
能力 集落のしがらみが少なく、思い切った手を打てる。祖父の代からの付き合いで、下流の家に顔が利く 水門の鍵。三十年分の水の知識。集落の信頼
制約 集落での発言力がない。農業の経験が浅い 寄り合いの決定には従う。自分の田も水が足りない。法人で人を雇っている
制約が対立に与える影響 一人では順番を変えられない 鍵を持っていても、決まりを破れば信頼を失う

榊原の制約「寄り合いの決定には従う」が、早瀬に勝ち筋を与えています。早瀬の能力「下流の家に顔が利く」が、その勝ち筋を使えるものにしています。敵役の制約と、主人公の能力がかみ合う所に、山場の決断が生まれます。

反対に、恐れの榊原は、裏で水門を動かせるので、決まりという制約を自分で破ってしまいます。その場合は、別の制約(夜の水門は誰かに見られる危険がある、嘘が重なれば法人の信用を失う)を用意しておかないと、主人公が対抗する手がなくなります。

説明しすぎる過去を減らす

敵役に理由を持たせようとして、過去の説明が長くなることがあります。

敵役の生い立ちの説明を、いまの行動に置き換える

修正前

榊原は、この集落で生まれ育った。父は水番を三十年務めた人で、大干ばつの年には、隣の集落との水争いでけがをしたこともある。榊原は父から、水の順番を守ることの大切さを繰り返し聞かされて育った。若くして夫を亡くし、一人で法人を大きくしてきた榊原にとって、決まりを守ることは生きることそのものだった。

修正後

「水がない年に崩すために、順番を決めてるんじゃない」
榊原は水門の鍵をポケットに戻した。

変更の理由

  • 修正前の過去は、どれも「榊原は決まりを大事にする」という一つのことを説明しています。修正後は、そのことをいまのセリフと行動で示したので、過去の段落がなくても榊原の筋は分かります。
  • 「夫を亡くし、一人で」のような事情は、敵役に同情を集めるために足したくなるものですが、この物語の対立には関わっていません。敵役に悲しい過去は必須ではありません。
  • 過去を残すのは、それが後の選択の意味を変えるときです。たとえば山場の寄り合いで、榊原が父のけがの話を初めてする、という使い方なら、過去は一度だけ、いちばん効く場所に置けます。
  • 利益の榊原のように、現在の損得だけで動く敵役なら、過去はまったく要らないこともあります。

過去を明かす場所は、主人公が敵役の理由を知る必要が生じた場面です。ミステリーで犯人を敵役にする場合のように、動機そのものが謎の答えになる作品では、過去を明かす時期と手掛かりの置き方を先に決めておきます。その組み立てはミステリー小説の書き方で扱っています。

敵役が物語の中で変わるかどうかも、作品によって選べます。最後まで考えを変えない敵役は、主人公の変化を測る物差しになり、敵役のほうが変わる物語もあります。人物の変化の設計は小説のキャラクターの成長の描き方で、主人公と敵役の距離が場面ごとにどう変わるかの見せ方は小説の人物関係の描き方で扱っています。

自作の敵役を設計し、点検する

ひな形敵役の設計表(コピーして使えます)

敵役(一行):
役目(悪人でもある/悪人ではない):
主人公と共通して必要なもの:
両立しない条件(量・損得・決まり・代わりのなさ):
敵役の目的:
中心の動機(利益/信念/恐れ/その他):
主人公に頼まれたとき・迫られたときの反応:
譲れない点:
譲れる点:
能力:
制約:
主人公と対立する価値観:
本文に出す過去(一つ、またはなし)と、出す場面:

確認表敵役の確認表

  • 敵役が、主人公と同じものを必要としている
  • 二人の目的が両立しない条件を、少なくとも二つ書ける
  • 敵役の行動を、敵役の目的と動機から一行で説明できる
  • 敵役に、譲れない点と譲れる点が一つずつある
  • 敵役の能力と制約の両方が、本文のどこかで示されている
  • 主人公の能力と、敵役の制約がかみ合う場面がある
  • 悪人であることを、外見や属性の印で示していない
  • 敵役の過去の説明が、いまの行動で示せることを繰り返していない

敵役の筋が通っているかは、敵役の考えを全部知っている作者には判断しにくいものです。原稿があり、確認表で点検しても迷いが残る場合は、読み手に「この敵役は、なぜこうしたと思うか」「主人公と敵役のどちらに理があると思ったか」を尋ねてみてください。理由が答えられなければ、敵役の目的や譲れない点が本文に出ていない可能性があります。読み手への頼み方は小説の感想を依頼するには?、講評を頼む先の違いは小説の添削はどこに頼む?で確かめられます。