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小説

小説の人物関係の描き方|説明せずに距離の変化を伝える

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この記事の答え

人物同士の関係は、「仲が悪い」「打ち解けた」と説明するより、同じ行動が時期によってどう変わるかで見せます。

  • 関係を「AはBを〜と見ていて、BはAを〜と見ている」と一文で仮置きし、二人が共有するものと対立するものを決める
  • 呼び方、体の向きと距離、ためらい、手助け、言わなくなったことの五つから、変化を見せる手がかりを選ぶ
  • 関係が変わる出来事の場面と、変わったあとの「いつもの行動」の場面を分けて書く
目次

人物紹介に「二人は犬猿の仲だった」と書き、終盤に「二人はいつの間にか打ち解けていた」と書く。関係の始まりと終わりは決まっているのに、読者にはその間の距離の変化が見えない。この記事では、夜間の定時制高校で前後の席に座る十七歳と五十二歳の二人を使い、プリントを後ろへ回すという同じ行動を、他人のとき、対立しているとき、和解したあとの三場面で書き比べます。読み終えたら、自作の二人の関係を、説明の文を使わずに場面で示せるようになります。

関係を一文で仮置きする

関係を描く前に、二人の関係を一文で書いておきます。ポイントは、一方向ずつ書くことです。関係は、二人が同じように相手を見ているとは限りません。

ひな形関係の仮置き(コピーして使えます)

[A]は[B]を「   」と見ていて、[B]は[A]を「   」と見ている。
二人とも、相手の「   」を知らない。
「   」をきっかけに、[A]と[B]は「   」になる。

作例の二人は、次のように仮置きしました。

作例作例の仮置き

柳田(五十二歳)は伊吹(十七歳)を「授業中に寝ている、だらしない若者」と見ていて、伊吹は柳田を「年上だからと説教する大人」と見ている。
二人とも、相手が教室の外で何を抱えているかを知らない。
英語の授業で柳田が黒板の前で立ち往生したのをきっかけに、二人は人前で相手の弱いところを守るようになる。

「仲が悪い」「仲がよい」のような一語ではなく、相手をどう見ているかで書くと、場面で何をさせればよいかが見えてきます。柳田が伊吹を「だらしない」と見ているなら、柳田は伊吹を注意するでしょうし、伊吹が柳田を「説教する大人」と見ているなら、伊吹は柳田の言葉を聞き流すでしょう。

三行目は仮のものです。書いているうちに変わってかまいません。ただ、行き先を決めておくと、途中の場面でどこまで距離を縮めるかを調整できます。

共有するものと、対立するものを決める

対立しているだけの二人は、離れてしまえば関係が終わります。関係が物語の中で続き、変化するには、二人を同じ場所に留めておくものが必要です。

決めること 作例:伊吹と柳田
共有するもの(目的・場所・事情) どちらも卒業したい。英語の単位がないと卒業できない。教室では前後の席
対立するもの(価値観・やり方) 柳田は、授業の時間を一分もむだにしたくない。伊吹は、出席さえしていればいいと思っている
二人が相手について知らないこと 伊吹が朝五時から青果市場で働いていること。柳田が英文を読み上げるのに強い苦手意識を持っていること

共有するものがあるので、二人は席を替えられず、顔を合わせ続けます。対立するものがあるので、顔を合わせるたびに小さな衝突が起きます。そして、知らないことがあるので、それを知る出来事が関係を動かします。

この三つは、友人、家族、同僚、師弟、ライバルなど、どんな関係にも使えます。恋愛の関係でも同じ考え方で組めますが、気持ちが動いていく過程全体をどう組み立てるかは、恋愛小説の書き方で扱っています。

呼び方と反応から、距離の手がかりを選ぶ

関係の距離は、場面の中のいくつかの手がかりに表れます。作例では次の五つを使います。

手がかり 見るところ 距離が遠いとき 距離が近いとき
呼び方 名前を呼ぶか、どう呼ぶか 呼ばない。「あの」で済ませる 名前で呼ぶ。呼ばずに話しかけられる
体の向きと距離 振り向くか、どこまで近づくか 体ごと向き直る、または向かない 半分だけ振り向く。近くても気にしない
ためらい 話しかける前、渡す前の間 長い間がある 間がない
手助け 頼まれる前に助けるか 頼まれても断る、または最小限 頼まれる前に手を出す
言わなくなったこと 丁寧な言葉、前置き、礼 「どうぞ」「すみません」が多い 前置きも礼も省く

最後の「言わなくなったこと」は見落としやすい手がかりです。丁寧な言葉は、相手への敬意であると同時に、相手との距離の表れでもあります。文化審議会の答申「敬語の指針」は、敬語が「話し手が,相手や周囲の人と自らの間の人間関係をどのようにとらえているかを表現する働きも持つ」と説明し、相手によっては敬語を使うとよそよそしくなる、という感じ方にも触れています。小説では、この働きを逆から使えます。丁寧な言葉が減ること、あるいは急に丁寧な言葉に戻ることで、関係の変化を伝えられます。

頼みごとへの反応も、関係をよく映します。柳田が伊吹に「消しゴム、貸してもらえる?」と頼んだとしたら、時期によって反応はこう変わります。

時期 伊吹の反応
他人(四月) 黙って消しゴムを机の端に置く
対立中(六月) 筆箱を見たまま「ないっす」と言う。筆箱の中に一つ見えている
和解後(十一月) 消しゴムを半分にちぎって渡し、「それ、あげます」と言う

作例:同じ受け渡しを三つの時期で書く

作例の教室では、授業の初めにプリントが前の席から後ろへ回ってきます。柳田が前、伊吹が後ろです。この受け渡しを、三つの時期で書きました。どの場面にも「二人は〜だった」という関係の説明はありません。

作例場面1 他人(四月)

二時間目の初めに、プリントが前から回ってきた。
柳田は椅子ごと体を後ろへ向け、両手でプリントを差し出した。
「どうぞ」
伊吹は顔を上げずに、片手で受け取った。「……ども」
柳田は少し待ってから、前を向いた。

作例場面2 対立中(六月)

プリントが前から回ってきた。
柳田は振り向かなかった。肩の上に、プリントだけが差し出された。
伊吹はしばらくそれを見ていた。先週、居眠りしているところを、柳田に「起きなさい。授業中だよ」とみんなの前で揺り起こされてから、柳田の背中には話しかけていない。
腕が下がりかけたところで、伊吹はプリントを引き抜いた。紙が柳田の指の間で、短く鳴った。

作例場面3 和解後(十一月)

プリントが前から回ってきた。
柳田は半分だけ振り向いて、プリントの束を渡した。「裏にも問題あるって。小テストの範囲」
伊吹は一枚取って、残りを数えた。
「柳田さん、これ二枚多い」
「ああ」柳田は一枚を受け取り、もう一枚は伊吹の机に戻した。「予備。どうせなくすだろう」
「なくさないっすよ」
伊吹は、二枚ともファイルに挟んだ。

三つの場面で変わったもの

手がかり 場面1 他人 場面2 対立中 場面3 和解後
呼び方 呼ばない 呼ばない(地の文の中で、先週の「起きなさい」だけが残っている) 伊吹が「柳田さん」と呼ぶ
体の向き 柳田が椅子ごと振り向く 柳田は振り向かない 半分だけ振り向く
ためらい 柳田が少し待ってから前を向く 伊吹がすぐに受け取らない どちらにもない
手助け ない ない 伊吹が多い分を返し、柳田が予備を渡す
言わなくなったこと 柳田の「どうぞ」、伊吹の「ども」 二人とも何も言わない 「どうぞ」も礼もなく、用件と軽口だけ

場面1と場面3を比べると、言葉の数はむしろ増えています。けれども、増えたのは用件と軽口で、「どうぞ」「ども」という形式の言葉は消えています。場面2の沈黙と場面3の沈黙のなさの差も、二人の距離を示しています。何も言わない時間そのものを場面の中心に置く書き方は、小説の沈黙の描写で扱っています。

親しい二人と並べると、「縮みつつある距離」が見える

比べるために、伊吹と、中学からの友人の坂下の受け渡しも書いておきます。

作例親しい二人(伊吹と坂下)

坂下は前を向いたまま、プリントを頭の上から後ろへ振った。
「ほい」
「ん」

坂下とは、振り向くことも、名前を呼ぶことも、用件を言うこともありません。それに比べると、場面3の伊吹と柳田には、まだ「柳田さん」という呼び方と、用件を言葉にするやり取りが残っています。二人は近づきましたが、坂下ほど近くはない。距離は「遠い・近い」の二択ではなく、段階で書けることが、並べると分かります。

距離が変わる出来事を、場面として置く

場面1から場面2、場面2から場面3へ距離が変わるには、それぞれの間に出来事が必要です。出来事は、二人についてどちらかが新しく何かを知るか、どちらかが相手の前で何かをするものにします。

出来事 誰が何を知ったか、何をしたか 次の受け渡しで変わったこと
五月の終わり、柳田が居眠りしている伊吹を、みんなの前で揺り起こす 伊吹が人前で恥をかかされる 柳田が振り向かなくなり、伊吹がすぐに受け取らなくなる
十月、英語の授業で柳田が黒板の前で英文を読めずに立ち往生する。伊吹が「先生、字が小さくて見えないんで、もう一回書いてもらっていいですか」と割って入る 伊吹が柳田の苦手を知り、人前でかばう 柳田が半分振り向くようになる
その翌週、配送の仕事で青果市場に寄った柳田が、明け方に荷を運ぶ伊吹を見かける 柳田が、伊吹が寝ている理由を知る 柳田が「予備」を渡す。注意する代わりに、助けるようになる

二つ目の出来事は、次のように書きました。

作例距離が変わる出来事(十月)

「柳田さん、三行目から読んでみてください」
柳田は立ち上がって、黒板の前まで歩いた。チョークの字を見上げたまま、口が動かない。教室の後ろで、誰かが椅子をきしませた。
「先生」伊吹が手を挙げた。「そこ、字が小さくて見えないんで、もう一回書いてもらっていいですか」
先生が黒板に向き直って書き直すあいだ、柳田はポケットから小さな手帳を出して、何かを確かめていた。
読み終えて席に戻るとき、柳田は伊吹の机の横で一度だけ足を止めた。何も言わずに、前の席に座った。

この場面でも、柳田は礼を言っていません。伊吹も、かばったとは言っていません。出来事の場面では関係が動いたことだけを示し、変わった関係が「いつもの行動」に表れるのは、次の受け渡しの場面です。出来事の場面で二人に気持ちを語らせると、変化の確認まで一度に済んでしまい、場面3の受け渡しが読者にとって答え合わせになりません。足を止める、見るか見ないかといった視線や表情の手がかりは、小説の視線・表情の描写で詳しく扱っています。

距離は縮むだけではありません。場面2のように、出来事で一度遠ざかる時期があると、場面3の近さがはっきりします。逆に、和解のあとにもう一度すれ違う出来事を置き、距離を戻すこともできます。

関係の説明を、場面に戻す

最後に、関係を説明した文を、場面に置き換える比較です。

関係の説明を、受け渡しの場面にする

修正前

伊吹と柳田は、最初はお互いをよく思っていなかった。しかし英語の授業の一件をきっかけに、二人は少しずつ打ち解けていった。今では、親子ほど年の離れた友人のような関係だった。

修正後

柳田は半分だけ振り向いて、プリントの束を渡した。「裏にも問題あるって。小テストの範囲」
「柳田さん、これ二枚多い」
「予備。どうせなくすだろう」
「なくさないっすよ」
伊吹は、二枚ともファイルに挟んだ。

変更の理由

  • 「打ち解けた」は関係の結果を作者がまとめた言葉です。修正後は、名前で呼ぶこと、「どうぞ」が消えたこと、予備を渡す手助け、軽口で、打ち解けたことを読者に見つけてもらいます。
  • 「親子ほど年の離れた友人のような関係」という比喩も削りました。読者は場面1と場面3を比べて、二人の関係に自分で名前を付けます。作者の名付けと読者の受け取り方が違っても、それが場面から出てきたものなら、関係は生きて伝わっています。
  • 最後の「二枚とも挟んだ」は、伊吹が柳田の言葉を受け入れたことを、返事以外の行動で示しています。
  • 説明の一文が役に立つ場合もあります。長い時間をまたぐとき、関係の変化そのものより次の出来事が大事なときは、「その年の冬まで、二人はほとんど口をきかなかった」のように要約して時間を進めてかまいません。その場合も、要約のあとの最初の場面に、関係が表れる行動を一つ置きます。

手順自作の二人の関係を場面にする手順

  1. 二人の関係を、上のひな形で一方向ずつ仮置きします。
  2. 共有するもの、対立するもの、相手について知らないことを一つずつ書きます。
  3. 二人が何度も繰り返す行動を一つ選びます(物の受け渡し、挨拶、席の選び方、食事の取り分け、連絡の返し方など)。
  4. その行動を、関係の時期ごとに書きます。呼び方・体の向き・ためらい・手助け・言わなくなったことのうち、二つ以上が時期ごとに変わるようにします。
  5. 時期と時期の間に、どちらかが何かを知る、または相手の前で何かをする出来事を置きます。
  6. 原稿の中の「仲が悪かった」「打ち解けた」などの説明の文に印を付け、その文の前後に、繰り返す行動の場面があるか確かめます。

確認表人物関係の確認表

  • 関係を、それぞれが相手をどう見ているか、一方向ずつ書ける
  • 二人を同じ場所に留めておく、共有するものがある
  • 二人が何度も繰り返す行動が一つあり、時期ごとに書かれている
  • 呼び方・体の向き・ためらい・手助け・言わなくなったことのうち、二つ以上が変わっている
  • 距離が変わる出来事と、変わったあとの「いつもの行動」の場面が分かれている
  • 関係を説明する文を消しても、距離の違いが読める
  • ほかの親しい人物との違いで、距離の段階が分かる

関係が伝わっているかを確かめるには、関係を説明する文を消した原稿を読んでもらい、「この二人はどういう関係だと思うか」「どこで変わったと思うか」を、人物の名前を挙げて答えてもらうのが早道です。答えが作者の仮置きの一文と違っていたら、繰り返す行動の場面のどれかで手がかりが足りないか、出来事の場面で関係を語りすぎている可能性があります。読み手への頼み方は小説の感想を依頼するには?、講評を頼む先の選び方は小説の添削はどこに頼む?で確かめられます。