小説のセリフを書き分ける方法|語尾だけに頼らず人物を伝える
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この記事の答え
セリフの書き分けは、語尾より先に、その人物がこの会話で何を欲しがり、相手とどんな関係で、何を言わずにおくかを決めることから始めます。
- 同じ用件でも、最初に話すこと、情報の量、使う語、質問の形、言い切るかどうかで人物は分かれる
- 同じ人物でも、相手との距離や立場で言葉づかいは変わる。変わらない癖を一つ残すと、同じ人だと分かる
- 口癖や方言は、意味のある場面に絞る。全員の違いを語尾だけで出すと、型どおりの人物に見えやすい
目次
三人の会話を書くと、誰のセリフを入れ替えても通じてしまう。区別しようとして「〜っす」「〜ですわ」と語尾を付けると、今度は人物が着ぐるみのように見える。この記事では、大学の写真サークルの三人が、同じ相手に同じ頼みごとをする場面を使い、全員同じ話し方の版、語尾だけ変えた版、話す中身で分けた版を比べます。読み終えたら、自作の会話について、名前を隠しても話し手が分かるかを確かめ、分からない行を直せます。
同じ頼みごとを三人に言わせて比べる
場面の設定は次のとおりです。三人とも同じ学年で、頼む相手も同じです。違いは、人物の性質と、頼む事情だけにしてあります。
| 人物 | 性質 | 頼む事情(読者にはまだ明かさない) |
|---|---|---|
| 相沢 | 慎重。段取りを先に固めたい | 土曜の午後、インターンシップの面接が入った。落ちたときのことを考えて、誰にも言っていない |
| 諏訪 | 急ぐ。用件を早く片付けたい | アルバイトのシフトを間違えて入れていた |
| 戸張 | 相手を気遣う。断られるより、負担をかけるほうがつらい | 入院している祖母の見舞い |
頼む相手は、今年からサークルに入った槙野です。用件は「学園祭二日目(土曜)の写真展の受付を、十三時から十四時まで代わってほしい」。槙野は十四時からの当番に入っています。
版1:全員が同じ話し方
作例版1 区別できない
「槙野、土曜の一時から二時の受付、代わってもらえない? ちょっと用事があって。お願い」
この一行を、相沢・諏訪・戸張の誰が言っても成り立ちます。三人が同じ頼み方をすれば、読者は話し手の名前を地の文で確かめるしかなく、名前を確かめても人物の違いは見えません。
版2:語尾だけを変える
作例版2 語尾で区別した
相沢「槙野、土曜の一時から二時の受付、代わっていただけないでしょうか。ちょっと用事があるのです。お願いします」
諏訪「槙野、土曜の一時から二時の受付、代わってくんね? ちょっと用事あってさ。頼むわ」
戸張「槙野、土曜の一時から二時の受付、代わってもらえないかなあ。ちょっと用事があって。お願いね」
区別はできるようになりました。けれども三人が伝えている中身は、まったく同じです。同じ学年の友人に急に敬語を使う相沢は、慎重というより不自然です。また、語尾だけで分けると、読者は語尾から年齢や性別、育ちを勝手に思い浮かべます。この記事では三人の性別を決めていませんが、版2を読んで、それぞれの性別を思い浮かべた人もいるのではないでしょうか。
特定の言葉づかいから特定の人物像(年齢・性別・職業など)を思い浮かべさせる話し方は、日本語の研究で「役割語」と呼ばれています。国立国語研究所の『言語資源ワークショップ発表論文集』に収められた佐藤理史「小説のセリフの書き分けに使われる文末形式」は、ライトノベル・SF・推理ものなど小説10作品の主な登場人物24人のセリフから文末の形を集め、書き分けに使われる文末を機能ごとに分類しています。同時に、登場人物は相手や状況によって話し方を使い分けることもあるので、人物の話し方をすべて役割語で説明するのは難しい、とも述べています。語尾は書き分けの手段の一つですが、それだけで人物ができあがるわけではない、ということです。
版3:話す中身で分ける(名前を隠した版)
三人の事情と性質から、頼み方そのものを変えました。話し手の名前を隠してあるので、誰の頼み方か当ててみてください。
作例版3 名前を隠した版
ア「槙野、いま三分だけいい? 土曜の当番表のことで」
「一時から二時の受付、こっちの担当になってるよね。そこを、もし予定が空いてたら代わってもらえないかなと思って。槙野は二時からだったと思うんだけど、合ってる? 合ってたら、一時間早く入ってもらう形になる。代わりに、日曜朝の設営はこっちで一人でやる。無理なら、もちろん断ってくれていい」
イ「槙野、土曜一時、受付代われる? 二時まで。表はこっちで直しとく」
ウ「槙野、毎晩パネル貼り、遅くまでありがとう。これ、よかったら」
「……あのさ、無理だったら本当に断ってほしいんだけど。土曜の一時から、受付を代わってもらえたりしないかな。でも槙野、そのあと二時から入るんだよね。それだとお昼食べる時間なくなっちゃうか。ごめん、やっぱりいい。ほかの人に聞く」
アが慎重な相沢、イが急ぐ諏訪、ウが気遣う戸張です。語尾は三人ともほとんど同じ、ふだんの話し言葉のままです。それでも区別できるのは、次の点が違うからです。
| 観点 | ア 相沢(慎重) | イ 諏訪(急ぐ) | ウ 戸張(気遣う) |
|---|---|---|---|
| 最初に話すこと | 時間をもらえるかの確認 | 用件そのもの | 相手へのねぎらい |
| 情報の量 | 多い。時刻、相手の予定、見返り、断ってよいこと | 最小。時刻と、表を直すことだけ | 相手の負担についての情報が多い |
| よく使う語 | 「もし」「〜と思うんだけど」「合ってる?」 | 数字と省略(「土曜一時」) | 「ありがとう」「本当に」「ごめん」 |
| 質問の形 | 事実を確かめる質問 | はい・いいえで答えられる質問 | 質問しかけて、自分で答えてしまう |
| 言い切り方 | 条件を付けて言い切る | そのまま言い切る | 言い切らずに引っ込める |
| 言わないこと | 面接のこと。落ちたときに知られたくない | 理由。言う必要があると思っていない | 自分がどれだけ困っているか |
いちばん下の行に注目してください。三人とも理由を言っていませんが、言わない訳がそれぞれ違います。相沢は隠し、諏訪は省き、戸張は自分の事情を小さく見せています。言わないことの違いは、セリフの外側から人物を立ち上げます。
断られかけたときの反応も分ける
槙野が「一時からか……ちょっと考えてもいい?」と返事を保留したとします。三人の反応も、性質と事情から決まります。
| 人物 | 反応 | 表れているもの |
|---|---|---|
| 相沢 | 「もちろん。今日の夜九時までに返事もらえる? だめなら、十二時からの人にも聞いてみるから」 | 次の手まで用意してある。期限を区切る |
| 諏訪 | 「了解、ほか当たる」 | 保留を断りと受け取り、すぐ次へ進む |
| 戸張 | 「ううん、こっちこそごめん。忘れて」 | 相手の迷いを、自分が引き取ってしまう |
頼む場面の書き分けに加えて、思いどおりにいかなかったときの反応を書くと、人物の違いを出しやすくなります。会話の中に、一度は相手の予想外の返事を入れておくと、書き分けを試す場ができます。
相手によって、同じ人物の口調を変える
書き分けで見落としやすいのは、同じ人物も相手によって話し方を変えることです。急ぐ諏訪が、相手を替えて同じ件を話すと、次のようになります。
| 相手 | 諏訪の発言 | 変わったもの | 残っているもの |
|---|---|---|---|
| 槙野(同学年、今年入った人) | 「槙野、土曜一時、受付代われる?」 | (基準) | 用件から入る。理由を言わない |
| 部長(三年生、当番表の管理者) | 「部長、土曜の受付、一時から槙野と交代でいいですか。表はこっちで直します」 | 丁寧語になる。頼みではなく許可を取る形になる | 結論から言う。理由を言わない |
| 学園祭実行委員の窓口(初対面) | 「すみません、写真部です。当番の変更って、ここに届ければいいですか」 | 名乗りと「すみません」が入る。質問で始める | 一つの発言が短い |
相手との距離や立場が変われば、丁寧さ、呼び方、頼むのか許可を取るのかが変わります。その一方で、「結論から言う」「理由を言わない」という人物の芯は残っています。相手で変わる部分と、誰に対しても変わらない部分を一つずつ決めておくと、口調が変わっても同じ人物だと読めます。
気遣いのような性質も、相手によって量が変わります。戸張がていねいに気遣うのは、槙野がまだ親しくない相手だからかもしれません。高校からの友人である諏訪には、こう頼むはずです。
作例戸張が、親しい諏訪に頼む場合
「諏訪、土曜一時の受付、代わって。学食おごる」
槙野への頼み方と並べると、戸張と諏訪の距離、戸張と槙野の距離の両方が見えます。人物の関係が物語の中で変わっていくとき、呼び方や頼み方がどう変わるかは、小説の人物関係の描き方で扱っています。
発言の長さと、答えるまでの間で分ける
一回の発言の長さと、答えるまでの間も、人物を分ける手がかりです。今度は槙野が「なんで代わってほしいの?」と聞き返したとします。
作例聞き返されたときの三人
ア「……ちょっと、外せない用事。終わったらすぐ戻る。二時五分には着く」
イ「バイト。シフト間違えて入れてた」
ウ「え、あ、うん、家のこと。……それより、パネルの照明、明日直しに来る?」
| 人物 | 答えるまでの間 | 長さ | 話の向き |
|---|---|---|---|
| ア 相沢 | 少し黙る | 中くらい。正確な時刻だけは言う | 理由は避け、相手が困らない情報に移す |
| イ 諏訪 | すぐ答える | 短い | 聞かれれば、そのまま答える |
| ウ 戸張 | 言葉に詰まる | 短く切って、話題を替える | 自分の話から、相手の用事へ移す |
諏訪は隠していたのではなく、言う必要を感じていなかっただけなので、聞かれればすぐ答えます。相沢は黙ったあとで、隠したまま埋め合わせの情報を出します。戸張は自分の話を続けられず、相手の話に逃げます。間の取り方は、その人物が何を守ろうとしているかから決まります。
一人だけ長く話す人物、いつも短く返す人物、質問で返す人物がいると、会話全体の流れにも差が出ます。ただし、長く話す人物の発言は、長いなりに相手の反応で区切るほうが読みやすくなります。声の高さや速さ、かすれなど、声そのものを地の文で描く方法は、小説の声の描写で扱っています。
行動で話し手を示し、人物も見せる
話し手を地の文で示すとき、その人物らしい行動を選ぶと、話し手の表示と人物の説明が一度に済みます。
作例行動で話し手を示した版
相沢はスマートフォンの当番表を拡大して、槙野に見せた。「一時から二時、ここ」
諏訪はもう靴をはきかけていた。「土曜一時、代われる?」
戸張は缶コーヒーを槙野の前に置いた。「毎晩ありがとう」
当番表を拡大して見せる(確かめてから話す)、靴をはきかけている(次の用事へ向かっている)、先に物を置く(頼む前に何かを渡す)。どれも、人物の性質から出てくる行動です。反対に、「髪をかき上げた」「眼鏡を押し上げた」のような、どの場面にも使える動作は、話し手は示せても人物を見せません。
行動を毎行に置く必要はありません。話し手が入れ替わる所、セリフと本心がずれる所に絞ります。動作・呼びかけ・「と言った」の使い分けや、三人以上の会話で話し手を追わせる方法は、小説の会話文の書き方で扱っています。
不自然な口癖を減らす
人物を印象づけるために口癖を決めても、全部のセリフに入れると、かえって不自然に見えることがあります。
毎回の口癖を、意味のある場面だけに絞る
修正前
「一応、確認なんだけど。土曜の当番表、一応見た?」
「一応、一時から二時がこっちの担当で」
「一応、代わりに設営は一人でやるから。一応ね」
修正後
「確認なんだけど。土曜の当番表、見た?」
「一時から二時がこっちの担当で」
「代わりに、日曜朝の設営は一人でやる。無理なら、一応、断ってくれていい」
変更の理由
- 修正前は三つのセリフに「一応」が五回あり、口癖というより作者の付けた印に見えます。ここまで重なると、言葉ではなく記号として読み飛ばされやすくなります。
- 修正後は、相沢が本心では断られたくないのに、断ってよいと言う一か所だけに置きました。「一応」が、相沢の気持ちの揺れを示す言葉に変わります。
- 口癖は、出る場面と出ない場面の差で効きます。緊張すると出る、目上の人の前では消える、という出方を決めておくと、口癖そのものが人物の状態を伝えます。物語の終盤で口癖が消える、という使い方もできます。
特定の人物を目立たせるために付ける語尾(「〜っす」「〜なのだ」など)も、同じ考え方で扱います。喜劇やパロディ、人物が意識して演じている話し方の場合は、毎回付けることに意味があります。そうでなければ、語尾が会話の中身を覆い隠していないかを確かめます。
注意方言を使うときに確かめること
方言は、人物の出身や育ちを伝える強い手がかりですが、語尾を一つ付け替えただけでは、その土地の話し方にはなりません。語彙・言い回し・アクセントは、地域だけでなく世代によっても違います。使う場合は、その地域の方言辞典や方言集、その土地の話し手に読んでもらうことで一語ずつ確かめ、一作の中で揺れないようにします。笑いや粗野さの記号として方言を当てることや、性別・年齢・出身から話し方を決めつけることは避けます。
誰が話しているか分からない会話を直す手順
版1から版3への直し方を、自作の会話に使える手順にまとめます。メモの「欲しいもの」や「言わないこと」が埋まらない場合は、会話より前に、人物そのものの目的や恐れが決まっていない可能性があるので、小説のキャラクター設定の作り方で先に決めておきます。
手順書き分けを直す手順
- 会話場面から人物の名前と地の文を消し、セリフだけを並べます。話し手が分からない行に印を付けます。
- 会話に出る人物ごとに、下の「話し方メモ」を埋めます。特に「この会話で欲しいもの」「相手との関係」「言わないこと」を先に決めます。
- 印の付いた行について、最初に話すこと、情報の量、質問の形、言い切り方のどれかを、メモに合わせて変えます。語尾はまだ変えません。
- 会話の中に、相手の予想外の返事(保留、聞き返し、断り)を一つ入れ、それへの反応を人物ごとに書き分けます。
- 同じ人物が別の相手と話す場面があれば、変わる部分と残る部分を確かめます。
- 最後に口癖と語尾を見直し、毎回出ているものは、意味のある場面だけに絞ります。
ひな形人物ごとの話し方メモ(コピーして使えます)
人物: この会話で欲しいもの: 相手との関係(親しさ・立場): 最初に話題にすること: 話す量(長い/短い/相手による): よく使う語の傾向(数字、確認の語、謝る語など): 質問の仕方: 言い切るか、ぼかすか: 言わないこと(と、その訳): 予想外の返事への反応: 誰に対しても変わらない癖:
確認表セリフの書き分けの確認表
-
名前と地の文を隠しても、主な人物の話し手が分かる
-
人物ごとに、この会話で欲しいものが違う
-
同じ用件でも、最初に話すことか情報の量が人物ごとに違う
-
言わないことと、その訳が人物ごとに決まっている
-
予想外の返事への反応が、人物の性質から出ている
-
相手が替わると口調が変わり、それでも残る癖が一つある
-
口癖や特徴的な語尾が、毎回のセリフに入っていない
-
方言や話し方を、性別・年齢・出身から決めつけていない
自分で書いた人物の声は、作者には全部聞き分けられてしまうので、書き分けができているかを自分だけで判断するのは難しいものです。原稿があり、迷いが残る場合は、名前を隠したセリフだけの版を読んでもらい、話し手を当ててもらうだけでなく、「それぞれの人物を一言で言うとどんな人か」を尋ねてみてください。答えが作者の設計と違えば、その人物の「言わないこと」や反応を見直す手がかりになります。読み手への頼み方は小説の感想を依頼するには?、講評を有料で頼む場合の依頼先の違いは小説の添削はどこに頼む?で確かめられます。