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言葉・表現

小説の視線・表情の描写|見る先と変化で人物を伝える

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この記事の答え

視線と表情は、目に見えた変化と、視点人物がそれをどう受け取ったかを分けて書きます。

  • まず、どこを、どれだけの長さ見るか(見ないか)を決める。目をそらすなら、そらした先の物まで書く
  • 表情は「悲しそうな顔」のような状態の評価より、どこがどの順に動いたかという変化で書く。視点人物に見えない顔や相手の内心は言い切らない
  • 書く場所は、セリフと食い違う所と気持ちが変わる所にしぼり、ほかは省く。「目を伏せた」が何度も続くときは、毎行に表情を付けていることが原因になっている場合がある
目次

書き上げた原稿を読み返すと、人物が何度も「目を伏せ」「微笑み」「眉をひそめ」ている。それなのに、その人物が何を考えているのかは伝わってこない。この記事では、店じまいをする自転車店の兄妹の場面を使い、同じ問いに「目を合わせる」「手元を見る」「別の物を見る」三つの版を比べます。見る先と表情の変化の選び方、視点人物に見えることと推測の分け方、セリフとの食い違い、表情を書かずにおく場面まで扱います。

視線と表情は「見えたこと」と「読み取ったこと」に分ける

国語辞典のデジタル大辞泉は、表情を「感情や情緒を顔つきや身振りに表すこと。また、その顔つきや身振り」と説明しています。視線は「目の向き。目で見ている方向」です。どちらも、内側の気持ちそのものではなく、外に表れて、誰かの目に見えるものです。

小説では、その「誰か」が視点人物です。一つの表情の描写には、次の三つが混ざりやすくなります。

種類 例 書いてよい範囲
見えた事実 口の端が少し上がった。目はスパナから上がらなかった 視点人物に見える範囲なら、いつでも書ける
視点人物の受け取り方 笑ってごまかそうとしている、と真琴は思った 視点人物の推測として書ける。外れていてもよい
内心の断定 兄は本当は寂しかったのだ 視点人物以外の内心は、方式によっては書けない

「寂しそうな顔」という言い方は、一つめと二つめが溶けた形です。何が見えたのかは書かれず、「寂しそう」という受け取り方だけが残ります。表現が毎回同じになる原因の一つは、この受け取り方の言葉(寂しそう、困ったように、嬉しそうに)を先に選んでいることです。見えた事実から書きはじめると、場面ごとに違う表現が自然に出てきます。

作例:同じ問いに、目を合わせる・手元を見る・別の物を見る

父が四十年続けた自転車店を、来月で閉めることになりました。日曜の午後、兄の大地と妹の真琴が店の片付けをしています。視点は真琴に寄った三人称です。三つの版で、真琴の問いと大地の答えは同じです。変えたのは、答える前後に大地がどこを見るかと、それを見た真琴の推測を書くかどうかです。

作例版A 目を合わせる

「お兄ちゃんは、閉めていいと思ってるの」
大地はスパナを拭いていた布を置いて、真琴の顔を見た。
「いいと思うよ」
まばたきが少なかった。言い終えても、目をそらさなかった。先に目をそらしたのは真琴のほうだった。
もう父さんと話をつけてきたんだ、と真琴は思った。

作例版B 手元を見る

「お兄ちゃんは、閉めていいと思ってるの」
大地はスパナを拭く手を止めなかった。
「いいと思うよ」
目はスパナから上がらなかった。もう油の残っていない柄の同じところを、布で何度もこすっていた。

作例版C 別の物を見る

「お兄ちゃんは、閉めていいと思ってるの」
大地は、真琴の肩越しに壁の札のほうを見た。〈パンク修理 五百円〉。父の字で、紙の端が茶色く焼けている。
「いいと思うよ」
言い終えてからも、大地はしばらくそちらを見ていた。

比べる点 版A 目を合わせる 版B 手元を見る 版C 別の物を見る
見る先と長さ 真琴の目。言い終えても離さない スパナ。一度も上げない 壁の札。言い終えても見ている
顔と手に見えたこと まばたきが少ない。布を置く 同じ所をこすり続ける 顔は書かず、視線の先の物だけ
真琴の推測 「話をつけてきたんだ」と書く 書かない 書かない
「いいと思うよ」の聞こえ方 決めたことを告げる言葉 話を終わらせたい言葉 言葉とは別の所に気持ちが残っている言葉

三つの版のどれにも、「真剣な顔」「つらそうな表情」といった言葉はありません。それでも同じ「いいと思うよ」が、まったく違って聞こえます。表の最後の行は、作者が意図した読まれ方の一例です。版Aを、無理に目を合わせて気持ちを隠している兄と読む人もいるはずです。そう読める幅があることは欠点ではなく、次の場面で確かめさせる材料になります。

推測を書くかどうかも選べます。版Aでは真琴の推測を一文だけ書きました。真琴がそう受け取ったことが、このあとの真琴の行動(それ以上は聞かない)の理由になるからです。版Bと版Cでは書かずに、読者に任せています。視点人物の推測を書くと、読者は「真琴はこう受け取った」と知ったうえで、それが当たっているかを考えながら読むことになります。

何を見て、何を見ないかを決める

視線を書くときに決めることは、向きだけではありません。

決めること 書き方の例 伝わりやすいこと
向き(どこを) 壁の札のほうを見た 視線の先の物と、人物との関係
長さ(どれだけ) 言い終えてからも、しばらくそちらを見ていた 気持ちがそこに残っていること
順番(何から何へ) 時計を見て、それから真琴を見た 何を先に気にしたか
目が合う・外れる 先に目をそらしたのは真琴のほうだった どちらが引いたか、二人の力関係

「目をそらした」「視線を外した」は、見ないことしか伝えません。そらした先に何があるかまで書くと、見ないことと見ることが一度に伝わります。

よく書く形 見る先を決めた形 加わること
大地は目をそらした 大地はレジの横の空気入れに目をやった 店先の物へ気持ちが向いている
真琴はうつむいた 真琴は自分のスニーカーの、油の染みを見た 店を手伝ってきた時間
大地は遠くを見た 大地はシャッターの上の、外した看板の跡を見た 店がなくなることを見ている

見る先に置く物は、その場面より前から物語の中にある物だと効きます。版Cの札は、父の字で書かれ、紙の端が焼けるほど長く貼られていた物です。読者がその物の来歴を少しでも知っていると、人物がそれを見るだけで意味が生まれます。反対に、物語と何の関係もない物を見る場合は、「どこでもない所を見ている」ことが伝わります。それが狙いなら、それでかまいません。

表情は、状態より変化で書く

「悲しそうな顔」「険しい表情」は、顔の状態に評価を付けた言い方です。小説では、状態より変化を書くと、人物がその瞬間に何かを受け取ったことが伝わります。変化を書くときは、顔のどこが、どの順に、どれくらいの速さで動いたかを一つ選びます。

状態の書き方 変化の書き方 加わること
大地は悲しそうな顔をした 大地の口が、何か言いかけた形のまま止まった 言葉にならなかったこと
真琴は驚いた顔をした 真琴は、軍手を外しかけた手のまま顔を上げた 驚いた瞬間にしていたこと
大地は優しい表情だった 笑うと、大地の目の下に父と同じしわが寄った 誰かに似ていること、時間
真琴は怒った顔をした 真琴は唇を閉じ、ゆっくり息を吐いた 怒りを抑えていること

表情は顔だけではありません。首の向き、肩、あご、手の止まり方も、顔と同じ働きをします。顔の部品を言い換えて探すより、体のどこが動いたかに目を広げるほうが、表現の幅が出ます。目の形や顔立ちそのもので人物の印象を伝える方法は、小説の容姿の描写で扱っています。

同じ目の描写が続く原稿を、変化と動作で直してみます。

「目を伏せた」「微笑んだ」が続く場面を直す

修正前

真琴は目を伏せた。「私、父さんに何も言えなかった」
大地は優しく微笑んだ。「俺もだよ」
真琴はまた目を伏せた。大地は真琴の目をじっと見つめた。真琴は目を伏せたまま、小さく微笑んだ。

修正後

真琴は目を伏せた。、膝の上の軍手を裏返した。「私、父さんに何も言えなかった」
大地は優しく微笑んだ。「俺もだよ」
真琴はまた目を伏せた。大地は真琴の目をじっと見つめた。真琴は目を伏せたまま、小さく微笑んだ。大地はスパナを置いた。それきり何も言わなかった。真琴は軍手をもう一度表に返してから、顔を上げた。兄と目が合うと、少しだけ笑った。

変更の理由

  • 「目を伏せた」が三回あり、三回とも「下を向いた」以上のことを伝えていません。一回めは手元の動作(軍手を裏返す)に替えました。下を見ていることは、手元を見る動作から分かります。
  • 「優しく微笑んだ」は、「俺もだよ」というセリフがすでに伝えていることの言い直しなので削りました。
  • 「じっと見つめた」は、スパナを置いて黙る動作に替えました。見つめる理由を言い切らなくても、大地が真琴の次の言葉を待っているように読めます。
  • 表情は最後の一つだけ残しました。下を向いていた真琴が顔を上げ、目が合ってから笑う。この場面で気持ちが変わる所なので、ここだけは顔を書く価値があります。
  • 類語の「視線を落とした」「うつむいた」に順に置き換えても、同じ動きが続いていることは変わりません。表現を替えるより、その表情が場面に必要かを先に決めます。

視点人物に見える範囲で書く

表情を書くときは、視点人物の位置から何が見えるかを確かめます。

  • 距離と明るさ、角度:店の奥から見れば、シャッターを開けた店先に立つ人は逆光になり、顔はよく見えません。見えないなら「明るい店先を背にした大地の顔は、よく見えなかった」と、見えないことを書くのも一つの描写です。並んで座っていれば横顔しか見えません。
  • 視点人物自身の顔:自分の顔は見えません。「真琴は驚いた顔をした」は、真琴に寄る三人称では外から見た書き方になります。顔のこわばりや熱さなど、本人の感覚として書くか、ガラスや鏡に映った姿として書きます。
  • 相手の内心:見えるのは表情と視線までです。その先は視点人物の推測です。推測の言葉(〜ようだった、〜と思った、など)を確信の強さで選ぶ方法は、一人称小説の書き方で一覧にしています。

もう一つ、見落としやすい点があります。視点人物が何に目を留めるかは、視点人物自身を語るということです。兄の顔ではなく手ばかり見ている真琴は、兄の顔を見られない真琴です。

外から見た顔と内心の断定を、視点人物の目に戻す

修正前

大地は寂しそうな顔をした。本当は、父さんの店を続けたいのだ。真琴は驚いた顔で兄を見つめた。

修正後

大地は寂しそうな顔をした。本当は、父さんの店を続けたいのだ。真琴は驚いた顔で兄を見つめた。大地は、答える前に一度だけ壁の札を見た。真琴は兄の顔を見ていられなくなって、その手の中のスパナを見た。頬がこわばっているのが、自分で分かった。

変更の理由

  • 「寂しそうな顔」は真琴の受け取り方だけで、何が見えたかが書かれていません。「答える前に一度だけ札を見た」という視線の動きに替えました。
  • 「本当は、続けたいのだ」は、真琴には確かめようのない兄の内心です。言い切ると、兄の答えが嘘だと決まってしまい、読者が推し量る余地がなくなります。
  • 「驚いた顔で」は、真琴が自分の顔を外から見ている書き方です。頬のこわばりという本人の感覚と、兄の顔から手元へ移る視線に替えました。視線の移動で、真琴が何を受け取ったかも伝わります。
  • 語り手が人物の外から全員を見渡す方式(広く知る語り)を選んでいる作品では、修正前のように書く選択もあります。そのときも、場面の途中で方式が入れ替わらないようにします。

セリフと表情を食い違わせる

視線と表情がいちばん働くのは、口で言っていることと、顔や手がしていることが合わない所です。読者は、その食い違いから人物の本心を推し量ります。

食い違いの書き方で避けたいのは、食い違いを見せたあとに、その意味を地の文で説明してしまうことです。

食い違いを説明する文を、動作の食い違いにする

修正前

「全然気にしてないですよ」と森下は笑顔で言ったが、その目は笑っていなかった。本当はかなり傷ついているのだと、私には分かった。

修正後

「全然気にしてないですよ」と森下は笑顔で言ったが、その目は笑っていなかった。本当はかなり傷ついているのだと、私には分かった。笑って、ジョッキを持ち上げた。持ち上げただけで、口はつけなかった。

変更の理由

  • 「目は笑っていなかった」は、食い違いを伝える言い回しとしてよく使われるぶん、どの人物にも当てはまります。この人物の、この場の動作(ジョッキを持ち上げて飲まない)に替えました。
  • 「傷ついているのだと分かった」は、語り手の解釈を確定させています。動作の食い違いを見せれば、読者が自分で受け取れます。
  • 動作の食い違いが伝わるには、普段の様子を読者が知っている必要があります。前の場面で、森下がいつも最初の一杯を一息で空ける人物だと見せておくと、口をつけないことの意味がはっきりします。
  • 一人称の語り手が、相手の本心を「分かった」と言い切る人物として描かれているなら、断定を残してもかまいません。その場合は、語り手の読みが当たっているかどうかも物語の一部になります。

食い違いには、いくつかの向きがあります。

言葉 顔・視線・手 生まれやすい読み方の例
明るい、肯定する 手が止まる、別のことをする 無理をしている
強い、突き放す 目が相手から離れない、すぐに戻る 本当は引き止めたい
そっけない 口元がゆるむ、顔をそむける 照れている
丁寧、穏やか 指先が机をたたき続ける いら立ちを抑えている

右の列は一例で、決まった対応ではありません。同じ「顔をそむける」が、照れにも拒絶にも読めます。どちらに読ませるかは、前後の場面と、相手の反応で決まります。

注意視線で嘘を見抜く説は使わない

「嘘をつくと目が右上を向く」のような、目の動きで嘘や本心を見抜けるという説明を見かけることがあります。この記事では、そうした説を描写の根拠にしていません。小説の読者は、目の向きを決まりで解読するのではなく、場面と人物の流れから読み取ります。ある人物に「嘘をつくときの癖」を持たせたい場合は、一般論に頼らず、物語の前のほうでその人物だけの癖として見せておきます。

表情を書かずにおく場面

表情と視線は、多く書くほど伝わるわけではありません。セリフ一つごとに表情を付けると、読者は顔の説明を読み続けることになり、肝心の変化が埋もれます。

セリフごとの表情を、変わり目の一か所にしぼる

修正前

「表の空気入れ、どうする?」真琴は不安そうな顔で尋ねた。
「処分だろうな」大地は困ったように眉を寄せた。
「捨てちゃうの?」真琴は目を丸くした。
大地は少し考えるような顔をしてから、ふっと微笑んだ。「……うちに持って帰るか」
「それがいいよ」真琴も嬉しそうに笑った。

修正後

「表の空気入れ、どうする?」真琴は不安そうな顔で尋ねた。
「処分だろうな」大地は困ったように眉を寄せた。
「捨てちゃうの?」真琴は目を丸くした。
大地は少し考えるような顔をしてから、ふっと微笑んだ。店先に出て、空気入れの握りを見下ろした。色の違うビニールテープが、何重にも巻いてあった。
「……うちに持って帰るか」
「それがいいよ」真琴も嬉しそうに笑った。

変更の理由

  • 「不安そうな顔で尋ねた」「目を丸くした」は、セリフ(「どうする?」「捨てちゃうの?」)がすでに伝えている気持ちの言い直しです。二人の短いやり取りなので、話者を示す必要もありません。
  • この場面で気持ちが変わるのは、大地が「持って帰るか」と言い出す所だけです。そこで、表情ではなく、大地が見た物(父が何度も巻き直したテープ)を書きました。考えが変わった理由が、読者にも見えます。
  • 最後の「嬉しそうに笑った」は削りました。「それがいいよ」の一言で、読者は真琴の顔を思い浮かべられます。
  • セリフだけでは調子が分からない場合(皮肉か本気か分からない、など)や、話者が三人以上で入れ替わる場合は、表情や動作を一つ添えるほうが親切です。

表情や視線を書く場所は、次の三つを目安にします。

  1. 気持ちが変わる所(考えが変わる、決める、気づく)
  2. セリフと本心が食い違う所
  3. 視点人物が、相手の何かに初めて気づく所

それ以外の場所は、セリフと動作に任せて省いてかまいません。省いた場所があるからこそ、書いた一か所が目に留まります。

自作の視線・表情を点検する

手順視線と表情を見直す手順

  1. 原稿の一場面で、「目」「顔」「笑」「眉」「見」「視線」「表情」を含む文に印を付け、同じ言い回しが何回あるか数えます。
  2. 印の付いた文を、「見えた事実」「視点人物の受け取り方」「内心の断定」に分けます。
  3. 「〜そうな顔」「〜ように」の受け取り方だけで書いた文を、何が見えたのかという事実に書き直します。
  4. 視点人物以外の内心を断定している文は、見えた事実に戻すか、視点人物の推測として書き直します。視点人物の顔を外から書いた文は、本人の感覚に替えます。
  5. 「目をそらした」「うつむいた」は、見る先の物を決めて書き直します。できれば、物語の前のほうから出てくる物を選びます。
  6. 最後に、気持ちが変わる所・セリフと食い違う所・初めて気づく所以外の表情を削り、場面を読み通して伝わるか確かめます。

確認表視線・表情の確認表

  • 同じ表情の言い回し(目を伏せる、微笑む等)が、一場面で何度も出ていない
  • 「悲しそうな顔」のような評価だけでなく、何が動いたかを書いている
  • 目をそらす場面で、そらした先の物が書かれている
  • 視点人物に見えない顔(自分の顔、暗い所の顔)を外から書いていない
  • 視点人物以外の内心を、表情から言い切っていない
  • セリフと表情の食い違いを、地の文で説明し直していない
  • 表情を書いたのは、気持ちの変わる所や食い違う所にしぼられている

自分で直しても、人物の表情から読者が何を受け取るかは、書いた本人には見えにくいものです。原稿があり、具体的な疑問が残っている場合は、読み手に「この場面で、この人物は何を考えていたと思うか」と尋ねると、自分の意図とのずれが分かります。講評を頼む場合は、講評・添削の依頼メモに、表情を書いた箇所ごとに「見えた事実」と「視点人物の受け取り方」のどちらとして書いたかを添えておくと、狙いどおりに読めるかを確かめてもらえます。依頼先の違いは小説の添削はどこに頼む?で比べています。