エッセイの描写の書き方|具体的な場面で体験を伝える
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この記事の答え
エッセイの描写は、覚えている感覚を全部並べることではありません。この場面で何を見せたいかを先に一行で決め、それに関わる物・動作・音・言葉だけを選ぶことです。
- 「古い店」「丁寧に」「指摘された」のような要約を、目に入った物、相手や自分の動作、実際の言葉に置き換える
- 五感は一度すべて拾い、焦点に効かないものは削る。覚えていない細部は足さない
- 感想は、描写に使った物をもう一度使った一文や、小さな行動でつなぐ
目次
体験を書いたのに、読み返すと「楽しかった」「大変だった」「不思議な気持ちだった」ばかりで、その場の様子が少しも浮かばない。具体的に書こうとして細部を足すと、今度は何の話か分からなくなる。この記事では、架空の書き手が「靴の修理店で、かかとの減り方から鞄をかける肩を言い当てられた」場面を、要約から場面へ書き換え、細部を足した版と減らした版を比べます。作例の体験と書き手は架空です。
描写とは、辞書の言葉では「物の形や状態、心に感じたことなどを、言葉・絵画・音楽などによって写しあらわすこと」です(デジタル大辞泉、コトバンク「描写」)。ここで扱うのは、日本語の文芸エッセイで、書き手が実際に体験した一場面を写す描写です。英語の描写エッセイ(descriptive essay)の型や、学校の課題の例文は扱いません。
描写を足す前に、この場面で何を見せたいかを決める
細部が多すぎる文章と少なすぎる文章は、同じところでつまずいていることがあります。この場面で読者に何を見せたいかが決まっていないと、どの細部を書けばよいか選べません。
同じ靴の修理店の場面でも、見せたいことが変わると、選ぶ細部が変わります。
| 見せたいこと | 選ぶ細部 | 選ばない細部 |
|---|---|---|
| 自分の歩き方の癖が、靴に出ていた(作例) | かかとの減り方、店主の親指、左右の靴を並べる手、鞄をかける肩 | 店の看板、道具の種類、料金表 |
| 店主の仕事の手際 | 道具の並び、削る手つき、仕上げに靴を磨く布 | 自分の鞄、待っている間の自分 |
| 修理して履き続けるか、買い替えるか迷っていた | 料金表の数字、靴の甲のしわ、新しい靴の値段の記憶 | 店主の手つき |
一行は、場面と見せたいことを組にして書きます。作例ではこうなります。
作例作例:場面の一行(架空の書き手)
場面:靴の修理店で、かかとの減り方を見た店主に「鞄、いつも右ですか」と聞かれた。
見せたいこと:自分では見ていなかった十年分の歩き方が、靴の裏に出ていた。
一篇の中で、どの場面を中心にするかから決めたい場合は、エッセイの書き方で、体験メモから場面と気づきを一つずつ選ぶ手順を扱っています。
作例:要約で書いた初稿と、覚えていることのメモ
まず、架空の書き手が最初に書いた段落です。
作例作例:要約で書いた初稿(架空・約150字)
先週、通勤用の革靴のかかとがすり減ったので、駅前の靴の修理店に持っていった。古くて小さな店で、店主は六十代くらいの男性だった。店主は靴を丁寧に見てくれて、私の歩き方の癖を指摘した。待っている間、いろいろな音や匂いがした。直った靴を受け取って、帰り道はなんだか不思議な気持ちだった。人の体は正直だと思った。
起きたことは分かります。けれど「古くて小さな」「丁寧に」「指摘した」「いろいろな」「不思議な」は、どれも書き手が場面を見て下したまとめです。読者は、まとめの元になった物や動作を見ていないので、場面を思い浮かべられません。
書き直す前に、そのときのことを覚えている限り書き出します。この段階では選ばず、感覚ごとに拾います。
作例作例:覚えていることのメモ
・カウンターの奥の棚。名前の札を輪ゴムで留めた靴が並ぶ。かかとがこちら向き
・店主の灰色のエプロン。指先が靴墨で黒い
・店主が靴を裏返し、右のかかとの外側に親指を当てた。左の靴も裏返して並べた
・「右だけ、外側が減ってますね」「鞄、いつも右ですか」
・ノートパソコンの入った鞄を、十年、右の肩にかけて通勤している
・奥で削る機械の低い音。接着剤のにおい
・待つ間、店のスリッパを借りて丸椅子に座った。十五分くらい。借りたスリッパの足もとばかり見ていた
・ラジオが鳴っていた気がする(番組は覚えていない)
・料金は千円台だった(正確には覚えていない。レシートは捨てた)
・帰り道、鞄を左の肩にかけてみた。落ち着かなくて、すぐ右に戻した
「気がする」「覚えていない」と書いた項目も、メモの段階ではそのまま残しておきます。あいまいな記憶をどう扱うかは、後の節で決めます。
要約を場面に変える三つの方法
要約を場面に変えるには、まとめの言葉を、その元になった物・動作・言葉に戻します。初稿の三か所で試します。
方法1:評価の言葉を、目に入った物に戻す
「古くて小さな店」を、目に入った物にする
要約
古くて小さな店で、店主は六十代くらいの男性だった。
場面
カウンターの奥の棚に、名前の札を輪ゴムで留めた靴が、かかとをこちらに向けて並んでいた。
変更の理由
- 「古くて小さな」は書き手の評価です。代わりに、店に入って最初に目に入った物を書きました。
- 物は何でもよいわけではありません。並んでいるのが「かかと」なので、この一文が、あとで自分のかかとを見られる場面の予告になっています。焦点に関わる物を選ぶと、描写が飾りで終わりません。
- 店主の年齢は、この場面の焦点に関わらないので書いていません。
方法2:「丁寧に」を、相手の動作に戻す
「丁寧に見てくれた」を、手の動きにする
要約
店主は靴を丁寧に見てくれて、
場面
店主は私の靴を受け取ると、黙って裏返した。右のかかとの外側、斜めにすり減ったところに親指を当てる。それから左の靴も裏返して、二つを並べた。
変更の理由
- 「丁寧に」の中身は、裏返す、親指を当てる、左右を並べる、という三つの動作でした。動作を書けば、「丁寧」と書かなくても、読者は店主が何を確かめていたかを見られます。
- 動作は、起きた順に、短い文で書いています。「〜して、〜して」とつなぐより、一つずつ区切ったほうが、店主の手を目で追う速さに近くなります。
方法3:「指摘した」を、実際の言葉に戻す
「歩き方の癖を指摘した」を、会話にする
要約
私の歩き方の癖を指摘した。
場面
「右だけ、外側が減ってますね」
親指を当てたまま、店主が言った。
「鞄、いつも右ですか」
変更の理由
- 「指摘した」は、言われた内容を書き手が要約した言葉です。実際の言葉に戻すと、何を言われたか、どんな順番で言われたかが、そのまま伝わります。
- 二つの言葉のあいだに「親指を当てたまま」を挟みました。店主が靴から目を離さずに鞄のことを言い当てた、という驚きが、説明なしで伝わります。
- 言葉を正確に覚えていない場合は、「たしか、そんなふうに言った」と添えるか、地の文で「右だけが減っている、と店主は言った」と書きます。言われていない言葉は作りません。
五感と動作を拾い、焦点に効くものだけ残す
三つの方法で場面にすると、次は細部の量が問題になります。メモの細部を感覚ごとに並べ、見せたいこと(十年分の歩き方)に効くかどうかで分けます。
| 感覚 | メモの細部 | 焦点に効くか | 判断 |
|---|---|---|---|
| 見る | 棚に並んだ靴のかかと | 効く。自分のかかとの予告になる | 残す |
| 見る | 灰色のエプロン | 効かない | 削る |
| 見る | 靴墨で黒い指先 | 親指の動作に目を向けさせる | 一言で残す |
| 聞く | 削る機械の低い音 | 自分のかかとが削られている時間 | 残す |
| 聞く | ラジオ(あいまい) | 効かない。記憶もあいまい | 書かない |
| におう | 接着剤のにおい | 店の空気を一言で伝えるが、焦点とは遠い | 迷う。字数に余裕がなければ削る |
| 触れる | 丸椅子の固さ | 効かない | 削る |
| 味わう | (なし) | — | 無理に足さない |
| 動作 | 親指を当てる、左右を並べる | 場面の中心 | 残す |
| 自分の動作 | スリッパの足もとを見る、帰りに鞄を左肩へ | 感想とつながる | 残す |
拾う段階では欲張り、残す段階では厳しく選びます。五感をそろえることが目的ではありません。作例では、味覚は一つも使っていません。体験の中にない感覚を、そろえるために足すことはしません。
小説の情景描写のように、視点人物や距離を選んで場面を作る技術は、小説の情景描写の書き方で扱っています。エッセイでは、見ているのは常に書き手本人で、書けるのは書き手が実際に見聞きしたことだけ、という点が違います。
五感を全部足した版と、焦点に必要な描写だけ残した版
同じ場面を、メモの細部をほとんど入れた版と、選んで残した版で比べます。
作例版A:五感を全部足した版
店に入ると、接着剤と革のまじった、甘いような酸っぱいようなにおいがした。天井の蛍光灯が一本だけ、ときどきまたたいている。壁は薄い緑色で、料金表の紙が黄ばんでいた。奥ではラジオが昔の歌謡曲を流していた。店主は六十代くらいで、灰色のエプロンに銀縁の眼鏡をかけ、指先が黒く染まっていた。私が差し出した靴を店主は裏返し、かかとに親指を当てた。「右だけ、外側が減ってますね。鞄、いつも右ですか」。待つあいだ、私は固い丸椅子に座り、缶コーヒーの甘さを舌に残したまま、削る機械の低い音を聞いていた。店の中は少し暑く、首の後ろが汗ばんだ。
作例版B:焦点に必要な描写だけ残した版
カウンターの奥の棚に、名前の札を輪ゴムで留めた靴が、かかとをこちらに向けて並んでいた。
店主は私の靴を受け取ると、黙って裏返した。指先が靴墨で黒い。右のかかとの外側、斜めにすり減ったところに、その親指を当てる。それから左の靴も裏返して、二つを並べた。
「右だけ、外側が減ってますね」
親指を当てたまま、店主が言った。
「鞄、いつも右ですか」
ノートパソコンの入った鞄を、私は十年、右の肩にかけて通勤している。言われるまで、それを癖だと思ったことはなかった。
店主が奥へ入ると、削る機械が低くうなりだした。借りたスリッパの足もとを、私はしばらく見ていた。
| 比べる点 | 版A | 版B |
|---|---|---|
| 中心の言葉の位置 | においや照明のあと、文章の中ほどに埋もれる | 前後に間をとり、一行ずつ独立させた |
| 読者の目が向く先 | 蛍光灯、壁、眼鏡、缶コーヒーへ散る | かかと、親指、二つ並んだ靴へ集まる |
| 事実の確かさ | ラジオ(あいまいな記憶)を断定し、缶コーヒー(メモにない)を足している | メモで確かな細部だけ |
| 字数 | 約260字 | 約270字 |
字数はほとんど変わりません。版Bは細部を減らしたぶん、中心の場面に間をとり、動作を一つずつ書くことに字数を回しています。描写を減らすというより、字数を焦点の近くへ寄せる作業です。
版Aにも、捨てるには惜しい細部があります。「接着剤と革のまじったにおい」は、店の空気を一言で伝えます。焦点を「店そのもの」にした別の一篇なら、残す価値があります。一篇に入らなかった細部は、メモに戻しておきます。
読者に必要な背景を、置く場所ごと決める
場面を描くと、読者がその場面を理解するための背景が必要になります。背景を足しすぎると説明が続き、足りないと場面の意味が伝わりません。
| 背景 | 必要か | 置く場所 |
|---|---|---|
| かかとがすり減ったので修理に来た | 必要 | 場面の前に一文で |
| 鞄を十年、右の肩にかけて通勤している | 必要。店主の言葉の意味が分かる | 店主の言葉の直後 |
| 鞄の中身がノートパソコン | あると重さが伝わる | 鞄の一文の中に一言で |
| 職業、勤め先 | 不要。鞄の重さが分かれば足りる | 書かない |
| 靴の値段やメーカー | 不要 | 書かない |
| 店の歴史や営業年数 | この一篇では不要(店が焦点なら必要) | 書かない |
置く場所で、場面の効き方が変わります。鞄の背景を場面の前(「十年、右の肩に鞄をかけて通勤してきた」)に置くと、読者は店主の言葉を予想しながら読みます。版Bのように言葉の直後に置くと、読者は書き手と同じ順番で、言い当てられてから理由を知ります。どちらも誤りではありません。書き手が驚いた順番を読者にもたどってほしいなら、背景は驚きのあとに置きます。
読者の知らない前提を補いすぎて、自分の事情の説明が長くなってしまう場合は、エッセイが自分語り・説教に見えるときの直し方で、補う量の決め方を扱っています。
描写と感想をつなぐ
場面を描いたら、その場面から何を考えたかを書きます。ここで描写と感想がつながらないと、場面がただの前置きに見えます。
描写から離れた感想を、描写とつながる一文と行動に変える
修正前
靴を見ただけで分かるなんて、さすがプロだと感心した。人の体は正直だと思った。
修正後
十年分の通勤が、かかとの外側の、親指一本分の傾きになっていた。
帰り道、鞄を左の肩にかけてみた。三歩ほどで落ち着かなくなって、右に戻した。
変更の理由
- 修正前の一文目は、関心を店主の腕前へ移しています。見せたかったのは自分の歩き方なので、焦点がずれます。二文目の「人の体は正直だ」は、どの体験にも付けられる言葉です。
- 修正後の一文目は、描写で使った「かかと」「親指」をもう一度使い、そこに「十年分の通勤」を重ねています。感想でありながら、目に見える物の言葉で書かれているので、場面から離れません。
- 最後は、感想を言い切るより、帰り道の小さな行動で終えました。「三歩ほどで右に戻した」で、十年の癖がすぐには変わらないことが伝わります。
描写と感想をつなぐときは、次の三つを試します。
- 描写で使った物の言葉を、感想の文でもう一度使う。かかと、親指のように、読者がすでに見た物で考えを言うと、考えが場面から浮きません。
- 時と場所の目印を一言入れる。「帰り道」「その夜」で、書き手が場面を離れて振り返っていることが分かります。
- 感想を言い切るより、行動で見せる。行動で閉じる結びの選び方はエッセイの終わり方で比べています。
覚えていないことは足さない
描写を足していくと、覚えていない細部まで書きたくなります。エッセイの読者は、書かれたことを書き手が実際に見聞きしたこととして読むので、記憶の確かさで書き方を分けます。
| 記憶の状態 | 作例の細部 | 書き方 |
|---|---|---|
| はっきり覚えている | 親指を当てた、「鞄、いつも右ですか」 | そのまま書く |
| あいまい | ラジオが鳴っていた気がする | 焦点に要らなければ書かない。書くなら「ついていたと思う」と添える |
| 正確には覚えていない数字 | 料金は千円台 | 手元の記録で確かめる。確かめられなければ数字を書かない |
| 覚えていない(足したくなる) | 缶コーヒーの甘さ | 書かない |
確かめられることは、書く前に確かめます。描写の確認先として使えるのは、次のようなものです。
- 手元に残っている物:作例なら、直した靴そのもの。今もかかとを見れば、減り方を確かめられます
- 記録:レシート、写真、カレンダーや手帳、そのころのメッセージ
- 場所:店の看板や営業時間は、店の掲示や公式の案内で
- 一緒にいた人:覚えていることが食い違ったら、どちらの記憶かを決めつけずに書く
体験を素材にした創作として、細部を作りかえて書く選択もあります。その場合は、事実の記録として読まれないように、発表する場所や前書きで分かるようにしておきます。
自分の場面で試す
練習要約の一段落を、場面に書き換える(30分)
- 自分の原稿から、「楽しかった」「大変だった」「丁寧に」などのまとめの言葉が多い段落を一つ選びます。
- 場面の一行(場面/見せたいこと)を書きます。
- その場面で覚えていることを、見る・聞く・におう・触れる・味わう・動作に分けて、十項目ほど書き出します。あいまいなものには「?」を付けます。
- 見せたいことに効く細部を三〜五つ選び、まとめの言葉を物・動作・言葉に置き換えて書き直します。
- 書き直した段落のあとに、描写で使った物の言葉を使って、感想を一文だけ書きます。
確認表描写を見直す確認表
-
場面と、そこで見せたいことを一行で書けている
-
「古い」「丁寧」「大変」「不思議」などのまとめの言葉を、物・動作・言葉に戻した
-
選んだ細部は、見せたいことに効いている。五感をそろえるための細部が入っていない
-
中心の場面に、ほかの場面より多く字数を使っている
-
読者に必要な背景を、驚きの順番を考えて置いた。職業や値段など、場面に関わらない背景は入っていない
-
感想の文が、描写に使った物の言葉とつながっている
-
覚えていない細部、言われていない言葉を足していない。あいまいなものは書き方を分けた
-
数字や店の情報など、確かめられることは手元の記録で確かめた
描写を足した段落と、ほかの段落の順番がちぐはぐに感じる場合は、エッセイの構成の作り方で、場面と考えを段落ごとに並べ直す方法を扱っています。