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小説

小説の世界観の作り方|設定を物語に必要な分だけ見せる

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この記事の答え

世界観は、資料を増やすより先に、主人公の望みを生み、行く手をふさぎ、結末の選択を迫るルールから決めます。

  • 候補のルールを書き出し、「望み・障害・選択」のどれにも効かないものは資料に残すか捨てる
  • ルールには、できないこと(制約)と、使うと失うもの(代償)を付け、主人公がいちばん失いたくないものに代償を重ねる
  • 本文では一場面に一つか二つのルールだけを、人物の行動と暮らしの小物で見せる。食い違いが出たら設定表に戻って決め直す
目次

世界の設定を作り込んだのに、書き始めると説明の段落ばかりになり、その設定が物語のどこにも使われない。そうした原稿では、設定が多すぎることより、設定と人物の行動がつながっていないことが問題になっているのかもしれません。この記事では、架空の「記憶を売れる街」を例に、物語に必要なルールの選び方、生活と制約、代償の付け方、場面での見せ方、例外と矛盾の直し方までを一つの設定表で通して示します。読み終えたら、自作の設定のうち本文で使うものと資料に残すものを分け、どのルールをどの場面で見せるかを決められます。

世界観を「作者の資料」と「読者が知る分」に分ける

「世界観」はもともと、世界全体をどう見るかという哲学の言葉です。辞書(デジタル大辞泉)には、俗な用法として「文学・音楽などの作品がもつ雰囲気や状況設定」という意味も載っています。創作で世界観を作るというとき、扱うのはこの雰囲気と状況設定の二つです。

この記事では、状況設定のうち、人物の行動を左右する決まりを「ルール」と呼びます。雰囲気は、ルールが人々の暮らしにどう表れるかを書くことで生まれます。地名や年表を増やすだけでは、雰囲気は出にくいものです。

最初に、設定を二つの置き場に分けます。

置き場 入れるもの 量の目安
設定資料(作者だけが見る) ルールの細部、成り立ち、歴史、使わないかもしれない案 いくら多くてもよい
本文(読者が知る) 主人公の望み・障害・選択に関わるルールと、その表れ方 その場面の行動を理解するのに要る分だけ

資料が豊富なのは悪いことではありません。作者が答えを持っていれば、人物は迷わず動けます。問題は、資料にあるものを全部本文に書こうとすることです。読者が知る必要があるのは、いま目の前の人物が何をできて、何をできないのかです。

ここからは、次の架空の街を例にします。以下のルールは、すべてこの記事のために作った作り話です。

作例題材メモ:記憶を売れる街

港町「片見(かたみ)」では、思い出を一つずつ売ることができる。売った記憶は硝子玉になり、誰かが買っていく。
主人公は宇野千波(うの ちなみ)、二十四歳。市場の食堂で働いている。去年の冬に父を亡くした。

物語に必要なルールを選ぶ

まず、思いつくルールを全部書き出します。この段階では選びません。次に、一つずつ三つの問いに当てます。

  1. このルールがないと、主人公の望みが生まれないか
  2. このルールが、望みへの障害になるか
  3. このルールが、結末で主人公に迫る選択に関わるか

どれか一つに「はい」と答えられるルールが、本文で使う候補です。どれにも当てはまらないものは、資料に残すか捨てます。捨てるべきなのは、物語の問題を簡単に解決してしまうルールです。

作例:十の候補を選り分ける

片見の街について思いつくまま十のルールを書き、主人公の筋と照らしました。筋の骨組みは次のとおりです。千波は父の遺品の中から、十二年前の売却証を見つけます。書かれていた題は〈長女誕生の日〉。父は、娘が生まれた日の記憶を売っていました。千波はその記憶の玉を探し出し、自分の目で見たいと考えます。

候補のルール 望み 障害 選択 判定
売った記憶は本人から消え、硝子玉(記憶玉)になる ○ 本文で使う
値段は記憶の幸福さで決まる。つらい記憶には値がつかない ○ ○ 本文で使う
記憶玉は額に当てると一度だけ見られる。見ると曇る ○ 本文で使う
売った記憶を買い戻せるのは七日以内で、まだ売れていない場合だけ ○ 本文で使う(例外として点検)
記憶玉は街の外へ出すと割れる 資料に残す
十六歳未満は記憶を売れない 資料に残す
買取所の組合と税の仕組み 資料に残す
記憶の売買が始まった二百年前の経緯 資料に残す
他人の記憶を眠っている間に抜き取る方法がある 捨てる
記憶玉は複製できる 捨てる

最後の二つを捨てたのは、物語を壊すからです。他人の記憶を抜き取れるなら、千波は買わずに盗めばよくなります。複製できるなら、「一度だけ見られる」という制約が意味を失います。こうしたルールは、別の物語の種としてメモに移しておけば十分です。

「街の外へ出すと割れる」は魅力があっても、今の筋では使いません。結末を考えるうちに使い道が見つかったら、そのとき本文に入れます。資料に残すとは、そういう意味です。

生活と制約を決める

本文で使うルールが決まったら、それがふつうの人の一日にどう表れるかを考えます。ここで世界の雰囲気が生まれます。手がかりは、物・言葉・仕事・家族・お金・格差の六つです。

手がかり 片見の街での表れ方(作例)
物 売るたびに渡される「売却証」。記憶の題と値段が書いてある。家ごとに売却証をしまう缶がある
言葉 忘れることを「売っちまった」と言う。悲しい話は「値のつかない話」
仕事 記憶に値をつける査定士。記憶玉を扱う古玉商(こぎょくしょう)。幸せな日を撮って残す写真館が繁盛している
家族 婚礼で「この日を売らない」と誓う。夫婦でも売ったことを隠す人がいる
お金 困ったときに最初に売るのは、いちばん幸せな記憶。高く売れるから
格差 貧しい地区の年寄りほど、幸せな思い出から先に失っている。裕福な人は他人の幸せな記憶を娯楽として買う

このうち千波の物語に直接効くのは、「売却証」と「いちばん幸せな記憶から売れていく」の二つです。父の売却証が物語の始まりになり、幸せな記憶ほど高いという仕組みが、後で千波自身を追い込みます。ほかの行は、背景の人物や小物に少しずつ使います。

生活を考えると、同時に制約も見えてきます。制約とは、そのルールでは「できないこと」です。

  • つらい記憶は売れない(値がつかず、誰も買い取らない)。悲しみを売って楽になることはできない
  • 自分の記憶しか売れない。家族の記憶を代わりに売ることはできない
  • 記憶玉は一度見ると曇る。何度も見返すことはできない

制約は、物語を不自由にするために置くのではありません。「なぜ主人公はこの方法で解決しないのか」という読者の疑問に、先に答えておくためのものです。「つらい記憶は売れない」がなければ、父を亡くした悲しみを売れば済む、という抜け道ができてしまいます。

設定の代償を作る

ルールに代償がないと、そのルールは問題を解決する便利な道具になり、物語が止まります。代償とは、ルールを使うと失うものです。片見の街では、お金を得る代わりに記憶を失います。ここまでは街の誰にとっても同じです。

物語の代償にするには、もう一歩進めて、主人公がいちばん失いたくないものが、いちばん高く売れるように仕組みを合わせます。

千波の場合、父の記憶玉は古玉商の棚にあり、千波の貯金では足りません。足りない分を作るには、自分の記憶を売るしかありません。査定士が最も高い値をつけたのは、「父と最後に海へ行った日」の記憶でした。父の記憶を手に入れるために、父との記憶を手放す。ここで、世界のルールと主人公の望みが正面からぶつかります。

ここまでを一枚にまとめたものが、この物語の世界設定表です。

ルール 人物の目的・行動への効き方 代償・制約 本文で初めて見せる場面
売った記憶は本人から消え、記憶玉になる 父が「娘が生まれた日」を売っていたと分かり、千波が玉を探し始める 売った本人は、その日を思い出せない 場面1 食堂で常連の売却証を読む
買い戻しは七日以内・未売却の場合だけ 父の玉は買い戻せない。古玉商から相場で買うしかない 十二年前に売られ、すでに転売されている 場面2 買取所の窓口
値段は幸福さで決まる。つらい記憶は値がつかない 玉を買う金を作るため、千波は自分の記憶を査定に出す いちばん大事な記憶ほど高い。悲しみは売れない 場面3 査定所
記憶玉は一度だけ見られる。見ると曇る 手に入れた玉を、いつ、誰と見るかを千波が選ぶ 見たら二度と見られない 場面4 古玉商の店

右端の列が大事です。ルールは、初めて物語に効く場面の中か、その直前で見せます。全部を冒頭で説明する必要はありません。

要点代償を付けるときの確認

  • その代償は、主人公にとって痛いか(街の誰にとっても同じ重さなら、物語の代償としては弱い)
  • 代償を払わずに済む抜け道がないか(他人の記憶を売る、つらい記憶を売る、など)
  • 代償を払う場面を、読者が見られるか(払ったことを後から説明するだけになっていないか)

人物の望みや弱点そのものの決め方は、小説のキャラクター設定の作り方で扱っています。この記事では、すでに決めた望みに世界のルールをどうぶつけるかに絞っています。

場面でルールを見せる

設定表ができたら、本文でどう見せるかを決めます。見せ方の一つに、物語の冒頭に設定の説明を一段落置く書き方があります。同じ情報を、食堂の場面に書き換えて比べます。

説明の段落を、食堂の場面に書き換える

説明から始めた初稿

片見の街では、記憶を売ることができる。街に七軒ある買取所に行けば思い出を一つずつ査定してもらえ、売った記憶は本人の頭から消えて、親指ほどの硝子玉に移される。値段は記憶の幸福さで決まり、つらい記憶には値がつかない。買われた記憶玉は、額に当てれば一度だけ見ることができる。

生活の場面に書き換えた稿

昼の客が引いたころ、常連の鍋島さんがカウンターに紙切れを広げた。
「これ、何て書いてある。眼鏡を忘れてな」
千波は受け取った。片見記憶買取所の売却証だった。〈婚礼の日(晴天) 四万二千円〉。日付は三年前の春だった。
「婚礼の日、だそうです」
「そうか。やっぱりあれか」鍋島さんは笑って湯呑みを取った。「女房にはまだ言ってない。言うなよ」
厨房の奥で、女将さんがわざと大きな音を立てて鍋を洗い始めた。

変更の理由

  • 書き換えた稿で読者に伝わるのは、「記憶を売ると紙の証明が残る」「売った本人は中身を思い出せない」「幸せな日には値がつく」「売ったことを家族に隠す人がいる」の四つです。説明の段落より情報は少ないものの、どれも人物の行動と一緒に伝わります。
  • 女将さんが鍋島さんの妻だとは書いていません。読者がそれに気づいたとき、婚礼の日を売ったことの重さが伝わります。
  • 「七軒ある」「親指ほどの硝子玉」「一度だけ見られる」は、ここでは出していません。一度だけ見られることは、千波が玉を手に入れる場面4で初めて効くので、そこで見せます。

説明の段落が必ず悪いわけではありません。語り手が街を案内する調子の作品や、読者が知らないと次の行動を理解できない場合には、短い説明がいちばん速く伝わることもあります。目安は、説明の直後に、そのルールが誰かの行動に効くかどうかです。効くなら説明は生きます。効かないまま次の説明が続くなら、場面に移すか後ろへ回します。説明と場面の振り分けを原稿全体で直す方法は、小説が説明ばかりになるときの直し方で扱っています。

ルールを見せる順番を決める

設定表の右端の列を場面の順に並べ直すと、どのルールをどこで見せるかの一覧になります。

場面 起きること 見せるルール 見せ方
1 食堂 常連に頼まれて千波が売却証を読む。千波は父の遺品の缶を思い出す 売れば消える 売却証という物と、常連の反応
2 買取所の窓口 父の売却証を見せ、買い戻せるか尋ねる 買い戻しの期限 窓口係の返事と、壁の掲示
3 査定所 自分の記憶を査定に出す。海の日に最高値がつく 値段は幸福さで決まる 査定士が値を読み上げ、千波が迷う
4 古玉商の店 玉を買う。いつ見るかを選ぶ 一度だけ見られる 古玉商が玉の扱いを注意する

一場面で見せるルールは、一つか二つに絞ります。場面3で値段の仕組みと買い戻しの期限を両方説明すると、読者は千波の迷いより規則の確認に気を取られます。

人物に設定を語らせるときは、その人物がその場で言う理由があるかを確かめます。窓口係が買い戻しの期限を言うのは、千波が尋ねたからです。尋ねてもいないのに窓口係が街の歴史を語り出したら、それは人物の言葉ではなく作者の説明です。

例外と矛盾を、資料へ戻して直す

書き進めると、ルールの例外が必要になったり、本文がルールと食い違ったりします。どちらの場合も、本文だけを直さず、設定表に戻って決め直してから本文を直します。

例外を点検する

片見の街の「七日以内なら買い戻せる」は例外です。例外は便利なので、気づかないうちに主人公を助ける道具になることがあります。次の三つを確かめます。

確認表例外の点検

  • その例外は、主人公にだけ都合よく働いていないか(父の玉は十二年前に売られているので、千波は使えない)
  • 例外があるなら、ほかの人物も使えるはずだが、使っていない理由が本文から分かるか(鍋島さんは三年前に売っているので期限を過ぎている。売却証の日付で示した)
  • 例外を、主人公が使う前に読者が知っているか(使う場面で初めて出すと、後付けに見える)

本文の食い違いを直す

場面4の初稿を読み返したところ、千波が査定所で海の日の記憶を売ったあとに、次の一文がありました。

売ったはずの記憶を思い出している

初稿(場面4)

古玉商の店へ向かう坂で、千波は、波打ち際で父が笑った顔を思い出していた。

直した稿

古玉商の店へ向かう坂で、千波は財布から写真を出した。波打ち際で父が笑っている。隣で裾をまくっているのが自分だということは分かる。けれど、そのとき水が冷たかったのか温かかったのかは、もう浮かばなかった。

変更の理由

  • 初稿は、「売った記憶は本人から消える」というルールと食い違っています。千波は場面3で、この日の記憶を売ったばかりです。
  • 直し方は二つありました。本文を直すか、ルールを「売っても断片は残る」に変えるかです。ルールを緩めると千波が払った代償が軽くなるので、本文を直しました。
  • 直すときに、設定表の「代償・制約」の欄で曖昧だった点を決めました。出来事があったと知っていることは残るが、思い出すときの感触は消える。写真を見て「自分だ」と分かるのは、このルールの範囲内です。

ルールを一つ決め直したら、同じルールを使っているほかの場面も確かめます。この作例では、場面1の鍋島さんが「やっぱりあれか」と言っていました。売った中身は思い出せなくても、婚礼をしたこと自体は知っている、という反応なので、決め直したルールと合っています。直す必要はありません。

手順食い違いを見つけたときの手順

  1. 本文のどの文が、設定表のどの行と食い違うかを特定する。
  2. 本文を直すか、ルールを変えるかを決める。代償や制約を軽くする変更は、物語を弱めないか確かめる。
  3. ルールを変えたり、曖昧だった点を決めたりした場合は、設定表に書き足す。
  4. 同じルールを使っている場面を探し、決め直したルールと合うかを一つずつ確かめる。

この作例のように食い違いが一つなら、場面を読み返せば足ります。原稿が長くなり、誰がいつ何を知ったか、どの場面が先か、といった食い違いが重なってきたら、表を使った点検が必要になります。

自作の設定をルールカードにする

最後に、この記事の手順をひな形にまとめます。ルール一つにつき一枚のカードを作り、判定が「本文で使う」になったものだけを設定表に移します。

ひな形ルールカード(一つのルールにつき一枚)

ルール(一文で):
できること:
できないこと(制約):
使うと失うもの(代償):
誰が得をし、誰が損をするか:
主人公の望み・障害・選択のどれに効くか:
初めて本文で見せる場面:
見せ方(物・言葉・仕事・家族・お金・格差のどれで見せるか):
例外(あれば)と、ほかの人物がその例外を使わない理由:
判定:本文で使う/資料に残す/捨てる

練習自作のルールを三つ選り分ける(20分)

  1. 自作の世界のルールを、思いつくだけ書き出します(10個前後)。
  2. 一つずつ「望み・障害・選択」に効くかを○で付け、どれにも効かないものに「資料」「捨てる」の印を付けます。
  3. 残ったルールから三つ選び、ルールカードの「代償」と「初めて本文で見せる場面」を埋めます。
  4. 冒頭の場面に説明の段落があれば、その段落で説明しているルールのうち、冒頭の場面で誰かの行動に効くものだけを残し、ほかはカードの「初めて本文で見せる場面」へ移します。

実在の文化や宗教、歴史上の制度を下敷きにする場合は、その土地や信仰について一次資料を確かめ、実在の部分と作り変えた部分を作者自身が区別しておきます。名前や儀式を借りて中身を作り変えると、読者がそれを実在の習慣だと受け取ってしまうことがあるからです。

設定が固まり、その世界でどんな出来事や対立が起きるかを組み立てたい場合は、ファンタジー小説の書き方で、特別な力の制約から出来事を作る手順を扱っています。ルールカードや設定表を本文と食い違わないように保管しておく方法は、小説の設定と創作メモを整理する方法にまとめています。