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小説

小説の取材は何を調べる?メモを設定と場面に使う手順

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この記事の答え

取材は、テーマ全体からではなくこれから書く場面の疑問から始めます。

  • 疑問を「本文に必要」「整合性の確認」「背景の理解」に分け、書く前に調べるのは本文に必要なものだけにする
  • メモは「確かめた事実」「資料の記載」「取材で聞いたこと」「作者の仮定」を分け、出典と使う場面を書く
  • 調べたことは地の文で説明せず、人物の行動や会話、物の中に置く
目次

職業や土地のことを調べ始めたら止まらなくなり、肝心の原稿が進まない。反対に、よく調べないまま書いて、読み返すと細部が嘘っぽい。どちらも、何のために調べるのかが場面と結び付いていないときに起こりやすい問題です。この記事では、架空の古書店員が故人の蔵書を買い取りに行く場面を例に、調べる項目を決め、メモを分け、場面に使うまでを順に示します。

調べる前に、これから書く場面の疑問を書き出す

調べものは、「古書店について」のような大きな題目から始めると終わりません。始点にするのは、これから書く場面です。場面の中で人物が何をするかを書き出し、そのときに自分が分からないことを疑問の形にします。

作例として使う短編の設定は、次のとおりです。

作例作例の設定(架空)

小さな古書店で働く戸川(三十代)が、亡くなった元高校教師の家へ蔵書の買い取りに行く。依頼人は故人の娘の坂口さん。運び出す段ボールの最後の一箱には、父親が書き込みをした本が詰まっていた。
場面1:書斎に入り、本を箱に詰める
場面2:居間で買い取りの書類を書いてもらう。坂口さんが最後の一箱を持ってくる
場面3:店に戻り、戸川が最後の一箱をどうするか決める

この三場面を書くのに分からないことを、思いつく順に挙げると、たとえば次のようになります。

  • 買い取るとき、店は売る人に何を確かめるのか
  • 出張して買い取るとき、店員は部屋で最初に何をするのか
  • 書き込みのある本を、店はどう扱うのか
  • 店の車に、段ボールは何箱積めるのか
  • 父親が亡くなってから、蔵書を手放すまでにどれくらいの時間がたっているのが自然か
  • 古書は店から店へどう流通しているのか
  • 古書の値段はどう決まるのか

疑問を三つに分ける

挙げた疑問は、性質の違う三種類に分けます。分けるのは、調べる時期が違うからです。

分類 中身 いつ調べるか
本文に必要 場面の中で人物がする行動・言う言葉・目にする物に直接出ること 書く前
整合性の確認 本文には出ないが、矛盾すると話が成り立たなくなること(日付、距離、量など) 初稿を書きながら、または初稿のあと
背景の理解 知っていると書く自信になるが、本文には出ないこと 書き終えてから。必要がなければ調べない

作例の疑問を分類し、調べ先を決めた表が次です。

疑問 分類 調べ先 いつ
買い取るとき、売る人に何を確かめるか 本文に必要 古物の売買を所管する警察の公式解説 書く前
出張買い取りで、店員が部屋で最初にすること 本文に必要 古書店に話を聞く 書く前。聞けなければ場面で細かく書かない
書き込みのある本の扱い 本文に必要 古書店に話を聞く 書く前
車に段ボールが何箱積めるか 整合性の確認 車の荷室の大きさを調べ、箱の大きさから見当をつける 初稿のあと
亡くなってから蔵書を手放すまでの期間 整合性の確認 作者が決めて、時系列の表に書く 初稿のあと
古書が店から店へどう流通するか 背景の理解 本や業界団体の資料 書き終えてから。今回は調べない
古書の値段の決まり方 背景の理解 ― 本文に金額を出さないので調べない

最後の行のように、本文に出さないと決めた事柄は、調べないという選択ができます。調べものが止まらないときは、背景の理解に当たる疑問まで、書く前にすべて片付けようとしていないかを見直します。

作品の舞台そのものが架空の世界で、ルールを自分で決める部分が多い場合は、世界観の作り方で、決めたルールを場面に必要な分だけ見せる方法を扱っています。

調べ先を、資料・人・現地に分けて選ぶ

疑問が決まったら、どこで確かめるかを選びます。調べ先には、それぞれ分かることと限界があります。

調べ先 分かること 気をつけること
公的機関・所管団体の資料 法律や制度の決まり、手続き、公的な数字 改正や更新があるので、見た日を記録する
図書館(調べものの相談) どの資料を見ればよいか、資料そのもの 受付の方法は館によって違う
公的統計 地域の人口や年齢構成など、設定の規模感 数字の定義(いつ、何を数えたか)を確かめる
本・専門誌 仕事の流れ、道具、歴史 出版年が古いと、今の決まりと違うことがある
人への取材 その人の経験、言い回し、困ること 一人の経験を、その仕事全体の決まりとして扱わない
現地・自分の体験 音、におい、距離、明るさ 日時や季節で変わるので、条件ごと記録する
個人のブログ・SNS 調べる手がかり、当事者の実感 そのまま事実の根拠にせず、元の資料へ戻って確かめる

いちばん大事なのは、資料の決まりと、人の経験を混ぜないことです。資料が示すのは一般的な決まりで、取材で聞けるのはその人の一例です。「ある店主はこうしている」を「古書店はこうする」と書けば、別の店の人が読んだときに誤りになります。逆に、決まりだけで書いた場面は正確でも、人の手触りがありません。両方を集め、メモの上で分けておきます。

図書館で、調べ方から相談する

何を見ればよいか分からない疑問は、図書館で調べものの相談(レファレンス)をするのが近道です。相談するときは、次の三つを伝えると、答えが絞られます。

  1. 知りたいこと(「古書店が本を買い取るときの手順」)
  2. 何に使うか(「小説の場面で、人物の動きを書くため」)
  3. もう調べたこと(「警察の古物営業の解説は読んだ」)

相談の前に、ほかの人がどんな調べものをしたかを見ておくこともできます。国立国会図書館のレファレンス協同データベースは、国立国会図書館が全国の図書館等と協同で作っている調べものの相談のデータベースで、参加している図書館の質問と回答の事例や、調べ方のマニュアルが公開されています。自分の疑問に近いことばで検索すると、どの資料にたどり着けばよいかの見当がつきます。

公的統計で、設定の規模を確かめる

舞台の町の人口や年齢構成、ある仕事に就いている人の多さなど、設定の「規模感」を確かめたいときは、公的統計が使えます。政府統計の総合窓口(e-Stat)は、各府省等が公表する統計データをまとめて検索でき、地図上に表示する機能も備えた政府統計のサイトです。

ただし、小説の本文に統計の数字をそのまま書く場面は限られ、主な使い道は整合性の確認です。たとえば、「高齢者の多い小さな町」という設定が、モデルにした地域の実際と大きく離れていないかを確かめる、といった使い方です。数字を本文に出す場合は、調査の年と、何を数えた数字かをメモに残します。

注意医療・法律・捜査などの細部は、確かめられた範囲だけ書く

病気の経過や治療、法律の手続き、警察の捜査、災害時の対応のように、間違えると読者に誤った知識を渡しかねない分野は、所管する公的機関の資料や専門家の説明で確かめます。確かめられない細部は、書かないか、視点人物がその細部を知らない立場で書く方法があります。架空の作品でも、実在の制度として書いた部分は事実として読まれることがあります。

人に話を聞くときは、質問と記録と同意を準備する

本や資料では分からない「その仕事をしている人の実感」は、人に聞くのがいちばんです。話を聞くときは、次の準備をします。

手順取材の準備

  1. 場面に必要な疑問から、質問を五つ程度に絞る。「古書店の仕事について教えてください」ではなく、「出張買い取りで、部屋に入って最初にすることは何ですか」のように、場面の一瞬を聞きます。
  2. 答えが一言で終わらない聞き方にする。「書き込みのある本は買い取りますか」より、「書き込みのある本が出てきたとき、どうされますか」のほうが、判断の理由まで聞けます。
  3. 最後に「よくある勘違いは何ですか」と聞く。外から見た思い込みを、書く前に直せます。
  4. 記録の方法を先に決めて、相手に伝える。録音するなら許可を得ます。メモだけにする場合は、聞いたことと自分の解釈を別の行に書きます。
  5. 何に、どう使うかを伝え、同意の範囲を確かめる。下の表の三つは、別々に確かめます。
確かめる同意 中身 確かめ方の例
話を聞くこと 取材に応じてもらうこと自体 目的・作品の種類・発表予定・所要時間を伝えて、受けてもらえるか聞く
話を作品に使うこと 聞いた内容を、場面や台詞の材料にすること。言葉をそのまま台詞にするかどうか 「伺ったお話を、人物の行動の参考にします。言い回しをそのまま使ってもよいですか」
名前を出すこと 作品やあとがき、謝辞に、相手の名前や店名を出すこと 「謝辞にお名前を載せてもよいですか。載せない形にもできます」

取材に応じてもらえたことは、話を作品に使ってよいことや、名前を出してよいことを意味しません。三つを分けて聞いておくと、発表のときに迷いません。また、取材相手をそのまま作中の人物にすると、知っている人が読めば誰か分かってしまいます。人物は、取材で聞いた経験を材料に、別の人として作ります。

依頼は、相手が判断できる情報を先に書きます。

ひな形取材の依頼文の例

はじめまして。(名前)と申します。趣味で小説を書いており、古書店の店員が出張で本を買い取りに行く場面を含む短編を書いています。
人物の動きや会話を実際に近づけるため、出張買い取りのときの手順について、三十分ほどお話を伺えないでしょうか。
・伺いたいこと:部屋に入って最初にすること、書類の書き方、書き込みのある本の扱い など五つほど
・使い方:場面の参考にします。お店やお名前が分かる形では書きません
・発表予定:(投稿サイト・公募・同人誌など)
・記録:メモを取らせてください。録音は、お許しいただける場合だけにします
ご都合が合わない場合は、お断りいただいてかまいません。

メモは「確かめた事実・資料の記載・取材・仮定」に分ける

調べたことは、書いた時点では区別がついていても、数週間たつと「どこで知ったのか」「自分で決めたのか」が分からなくなります。そうなると、公開前に確かめ直すことも、設定を変えたときに影響を追うこともできません。メモは、次の区分ごとに書きます。

区分 中身 必ず残すこと
確かめた事実 自分で見た・測った・試したこと 日時と条件
資料の記載 資料にそう書いてあること 資料名、URLまたはページ、見た日。できれば原文
取材で聞いたこと 話を聞いた相手の経験や意見 誰に、いつ聞いたか。同意の範囲
作者の仮定 まだ確かめていないが、ひとまずそう置いていること 確かめる予定かどうか
創作上の決定・変更 作中の人物や出来事について作者が決めたこと。事実と違うと分かったうえで、物語のために変えたこと 決めた内容。変えた場合は元の事実と、変えた理由

作例の場面2に関わるメモを、この区分で書いたものが次です。架空の書き手のメモなので、取材の欄はまだ聞いていない状態にしてあります。

項目 区分 内容 出典・使う場面
買い取るときに売る人について確かめること 資料の記載 「古物商は、古物を買い受ける際、取引の相手方(あなたに古物を売る人)の住所、氏名、職業、年齢を確認しなければなりません。」 警視庁「古物商許可申請をされる方へ」、見た日を記録。場面2で、坂口さんに書類を書いてもらう
金額が小さい取引の扱い 未確認 この場面では金額を書かないので、今回は調べない ―
書き込みのある本の扱い 取材で聞く(未記入) 質問リストの3番に入れた 場面2・3
戸川の店 作者の仮定 父の代から続く小さな古書店で、古物の売買に必要な許可を受けている前提 全体。本文では触れない
故人の職業と蔵書 創作上の決定 元高校の国語教師。教えた生徒の名前を、教材の余白に書き込む癖があった 場面2・3
書類の名前 作者の仮定 作中では「買取票」と呼ぶ。実際の呼び名は取材で確かめる 場面2

表の一行目は資料の記載なので、原文を写し、出典を書いています。二行目のように、調べないと決めたことも書いておくと、あとで「調べ忘れたのか、不要と判断したのか」が分かります。四行目と六行目の仮定は、取材や資料で違うと分かったら書き換える行です。五行目のように、作中の人物や出来事について作者が決めたこと(創作上の決定)も仮定と分けて書いておくと、どこまでが事実に縛られる設定なのかが分かります。

調べたことは説明にせず、場面の中で使う

調べて分かったことは、つい地の文で説明したくなります。せっかく調べたのだから書きたい、という気持ちは自然ですが、説明を並べると場面が止まります。場面2を二通りに書いて比べます。

場面2:調べたことを説明した形と、場面に置いた形

調べたことを地の文で説明した形

古物営業法では、古物商は古物を買い受ける際に、相手方の住所、氏名、職業、年齢を確認しなければならないと定められている。戸川は坂口さんに買取票を渡し、そのことを説明した。古書の査定では、本の状態や函の有無、書き込みの有無などが値段を左右する。書き込みのある本は、一般に値段が下がる。坂口さんが持ってきた最後の箱には、父親の書き込みがある本が詰まっていた。

調べたことを場面に置いた形

居間の座卓に、戸川は買取票を置いた。
「お手数ですが、こちらにご住所とお名前を。それから、ご職業と年齢も」
坂口さんは住所と名前をすらすらと書いた。年齢の欄で一度手を止め、五十三、と書いた。職業の欄で、ペン先が紙から浮いた。
「父の本を売るのに、私の職業がいるんですね」
「決まりで、お売りいただく方のことを伺うことになっていまして」
戸川はそれ以上を言わなかった。言えば、法律の名前を持ち出すことになる。この部屋で、それはひどく場違いな気がした。
坂口さんは「無職」と書きかけて二本線で消し、「主婦」と書き直した。
「先月まではパートに出ていたんですけど。父の世話で辞めて」
「そうでしたか」
玄関の上がり口には、書斎から運び出した段ボールが並んでいた。最後の一箱だけ、ガムテープを貼っていない。坂口さんが「これは、ちょっと待ってください」と言って、自分で書斎から持ってきた箱だった。
上から覗くと、どの本の小口からも、細い付箋が何枚も飛び出していた。
「父の書き込みだらけで。こういうのは、値段がつかないでしょう」
戸川は一冊を手に取った。開いたページの余白に、鉛筆の小さな字で、生徒の名前らしいものが並んでいた。
「お値段の話の前に、一つ伺ってもいいですか。この箱は、本当にお売りになりますか」

変更の理由

  • 資料で確かめた決まり(住所・氏名・職業・年齢の確認)は、法律の説明としてではなく、買取票の欄として出しています。職業の欄で坂口さんの手が止まることで、決まりが人物の事情(仕事を辞めて父を看ていた)を引き出すきっかけになっています。
  • 直す前の形の後半(査定で何が値段を左右するか、書き込みのある本は値段が下がる)は、まだ取材で確かめていない仮定です。それを地の文で断定すると、作品の中で事実として読まれます。直したあとの形では、「値段がつかないでしょう」と坂口さんの思い込みとして言わせ、戸川は答えていません。確かめていない事柄は、語り手に断定させず、人物の推測や問いにとどめておくと、あとで取材の結果が違っても場面が崩れません。
  • 「法律の名前を持ち出す」と書くだけで、戸川が決まりを知っていることは伝わります。法律の名前や条文を出す必要はありません。

直したあとの場面にも、調べた事実は一つしか入っていません。調べたことの大半は、本文には出ないまま、書き手が人物の動きに迷わないための支えになります。それで十分です。初稿が説明の多い文章になってしまった場合は、小説が説明ばかりになるときの直し方で、どの説明を残し、どれを場面に移すかを一文ずつ判断できます。

調べすぎを止め、公開前に根拠を確かめる

調べものを止める目安は、「次の場面を書くのに必要な疑問に答えが出たかどうか」です。答えが出ない疑問があっても、次のように扱えば先へ進めます。

  • 本文の該当箇所に【要確認】と印を付け、メモの仮定の欄に書いて、書き進める
  • 確かめられない細部は、人物が知らない立場で書くか、細かく書かない
  • 背景の理解に当たる疑問は、書き終えるまで調べない

初稿を書き終えたら、公開や応募の前に、本文と調べたことを突き合わせます。

確認表公開前の確認

  • 本文に事実として書いたことごとに、メモの区分と出典を言える
  • 【要確認】の印がすべて消えている(確かめたか、書き方を変えたか)
  • 作者の仮定のまま残した細部は、なくても話が成り立つか、人物の推測として書いてある
  • 法律や制度に触れた箇所は、資料を見た日以降に改正がないか確かめた
  • 取材で聞いた話は、相手が同意した範囲で使っている。名前を出す場合は、出してよいと確かめた
  • 取材相手や実在の店・人物が、作品から特定されない
  • 取材や現地での体験をしていないことを、あとがきやプロフィールで体験したように書いていない

時系列や人物の年齢など、本文同士の矛盾を一覧で点検したいときは、設定矛盾の見つけ方の表が使えます。