本文へ移動
言葉・表現

小説で恐怖・緊張を描写するには?情報と身体反応を組み合わせる

PRこの記事には広告リンクを含みます。広告と紹介の基準

この記事の答え

恐怖と緊張は、身体反応を並べるより先に、何を恐れているか、何がまだ分からないか、注意がどこへ狭まるかを決めて書きます。

  • 恐怖は害が及ぶかもしれないという怖さ、緊張は結果や出来を待ち受ける張りつめ。同じ場面でも、人物によってどちらになるかが違う
  • 読者に渡すのは、怖いものの手がかりを一つと、まだ見えない情報を一つ。全部を説明すると怖さが消える
  • 身体反応は段階ごとに一つ選び、人物の状況と結びつける。重ねる場合は種類と順番を変える
目次

「心臓が早鐘を打ち、冷や汗が流れ、足がすくんだ」。反応をいくら重ねても、何が怖いのかが分からなければ、読者は怖くなりません。恐怖や緊張の場面で読者を引きこむのは、体の反応の数より、人物が何を恐れ、何をまだ知らず、どこに目と耳を向けているかです。この記事では、未知の音・対人・結果待ちの三つの短い場面と、危険を知る姉と何も知らない弟が同じ部屋で待つ場面を使い、情報と身体反応の組み合わせ方を比べます。

恐怖と緊張を分けてから書く

恐怖と緊張は、似た場面で使われますが、同じものではありません。デジタル大辞泉では、恐怖は「おそれること。こわいと思うこと」、緊張は「心やからだが引き締まること。慣れない物事などに直面して、心が張りつめてからだがかたくなること」と説明されています。緊張には、心理学での意味として「これから起こる現象・状況などを待ち受ける心の状態」という語義も挙げられています。

書くときには、次のように分けておくと、人物の注意の向く先を決めやすくなります。

恐怖 緊張
向いている先 自分や大切なものに害が及ぶかもしれない何か うまくできるか、どんな結果が出るか
分からないこと 何がいるのか、何が起きているのか、相手が何をするつもりか 結果がどう出るか、自分の出来がどう見られているか
注意が集まる先 危険のありか、逃げ道、守りたいもの 自分の手元や体、相手の表情、呼ばれる順番
人物がしたいこと 離れる、隠れる、守る、確かめる 失敗しない、早く終わらせる、やりとげる

二つは重なることもあります。結果を待つ緊張が、悪い知らせの気配で恐怖に変わることもあれば、危険を知っている人が、周りに悟られないように緊張していることもあります。後で扱う「待つ部屋」の姉は、その両方を抱えています。

何を恐れているかを、読者に一つ渡す

怖さが伝わらない原稿では、人物が「何を」恐れているのかがはっきりしないことがあります。反対に、恐れている対象と、まだ分からない部分が一つずつ決まっていれば、反応は少なくても場面は張りつめます。三つの短い場面で確かめます。

作例未知の音:祖母の家の留守番

祖母が町の病院に泊まる夜、蒼は一人で留守番をしていた。
十一時すぎ、納屋の方で音がした。金属の何かを、砂利の上で引きずるような音。三回鳴って、止まった。
蒼はテレビの音を消した。消してから、消したことで、この家に人がいると知らせてしまったかもしれないと思った。
砂利の音は、もうしなかった。

作例対人:閉店間際の古書店

閉店の十分前、男がまたレジの前に来た。三度目だった。本は一冊も持っていない。
「ここ、何時まで」
「八時までです」
瑞希が答えると、男は「ふうん」と言って、レジ台の端に置いた右手の指で、台を二度叩いた。
瑞希は、奥の事務室の扉が閉まっていることと、店長が今日は休みだということを、同時に思い出した。

作例結果待ち:初めての練り切り

親方は、圭が作った練り切りを黒文字で半分に切った。断面を見て、何も言わずに口へ運んだ。
圭は作業台の端をつかんでいた。手を離したら、粉の上に指の跡が五本残っていそうな気がした。
親方は噛んで、飲みこんで、茶を一口飲んだ。それから、残りの半分を皿の上でゆっくり回した。

場面 恐れているもの まだ見えない情報 注意が向く先
留守番 敷地に誰か(何か)がいること 音の正体と、それがまだいるかどうか 音、自分の出す音
古書店 男が自分に何かをすること 男の目的 男の手、閉まった扉、店に自分しかいないこと
練り切り 親方に認められないこと(緊張) 親方の評価 親方の一つ一つの動作、自分の手

三つとも、「怖い」「緊張した」という語を使っていません。恐れている対象が場面の中にあり、分からない部分が一つ残されているので、読者は人物と同じものを待つことになります。

留守番の作例で、蒼が考えたことは一つだけです。しかも「泥棒かもしれない」という誰でも思いつく心配ではなく、「音を消したことで、かえって知らせてしまったかもしれない」という、この場面でしか出てこない考えです。恐怖の場面の思考は、数より、その場の状況に根ざしているかどうかで効き方が変わります。

説明しすぎると、怖さが消える

恐怖の場面では、分からないことが残っているうちのほうが、読者の想像が働きます。人物がすべてを推測し、最悪の結果まで言葉にしてしまうと、読者が想像する余地がなくなります。

正体の候補と最悪の結果を並べた原稿を、見えない情報を残す形へ

修正前

納屋の方で音がした。蒼は恐ろしくなった。もしかしたら泥棒かもしれない。いや、熊かもしれない。もし泥棒だったら、家の中に入ってきて自分を襲うかもしれない。恐怖で体が震え、心臓がばくばくと鳴り、冷や汗が止まらなかった。蒼は怖くて怖くてたまらなかった。

修正後

十一時すぎ、納屋の方で音がした。金属の何かを、砂利の上で引きずるような音。三回鳴って、止まった。
蒼はテレビの音を消した。消してから、消したことで、この家に人がいると知らせてしまったかもしれないと思った。
砂利の音は、もうしなかった。

変更の理由

  • 修正前は、音の正体を「泥棒か熊か」と人物が先に絞りこみ、「襲うかもしれない」と結果まで言葉にしています。読者は二択と結末を渡され、自分で想像する仕事がなくなります。
  • 「恐ろしく」「恐怖」「怖くて怖くて」と感情の名前が三回、身体反応が三つ出てきますが、どれも怖さの強さを伝えるだけで、何が怖いのかの情報は増えていません。
  • 修正後は、音の具体(金属、砂利、三回)だけを渡し、正体は渡していません。最後の「もうしなかった」で、音が止んだことがかえって次を待たせます。
  • 正体を早めに明かして、そのあと「どう逃れるか」「間に合うか」で緊張を作る書き方もあります。その場合は、見えない情報が「正体」から「結末」に移るだけで、何かを見えないまま残す点は同じです。

見えないまま残す情報には、いくつかの種類があります。一つの場面では、そのうち一つか二つを選びます。

残す情報 例 場面の性質
正体 音の主が何なのか 不気味さ。何がいるのか分からない
位置 相手が今どこにいるのか 隠れる、逃げる場面の張りつめ
意図 相手が何をするつもりか 対人の怖さ。言葉の裏を探る
結果 評価、検査、判定がどう出るか 緊張。待つ時間の長さ
時刻 いつ来るのか、いつ終わるのか 刻々と迫る、または終わりが見えない

待つ部屋:危険を知っている人と、知らない人

同じ部屋で同じ時間を過ごしていても、持っている情報が違えば、恐怖の形も、注意の向く先も変わります。台風の夜、山すその古い民宿で、宿の主人が避難先の公民館の様子を見に出ていったあと、その戻りを待つ姉弟の場面を、二人それぞれの視点で書きます。

昼間、姉の七海だけが、散歩の帰りに裏山の石垣の隙間から茶色い水がしみ出しているのを見ていました。弟の和真はそれを知りません。

作例姉・七海の視点(危険を知っている)

宿の主人が出ていってから、二十分がたっていた。
七海は窓に背を向けて座っていた。窓の向こうは裏山だった。昼間に見た石垣の隙間の、細い茶色い水を思い出した。あのときは、雨が強いせいだろうと思った。
屋根を打つ雨の音の下に、もう一つ低い音がまじっている気がした。七海は湯のみを持ったまま、和真に気づかれないように、その音のする方へ耳を向けた。湯のみの茶は、とっくに冷めていた。
「ねえ、ここ電波一本しかないんだけど」と和真が言った。
「そう」
自分の声が普段どおりに出たことに、七海は少しだけ息をついた。

作例弟・和真の視点(理由を知らない)

宿の主人が出ていってから、二十分はたった。和真のスマートフォンは、電波が一本しか立たなかった。
「ねえ、ここ電波一本しかないんだけど」
「そう」と姉は言った。
姉はさっきから、窓に背を向けて座っている。湯のみを両手で持ったまま、一度も口をつけていない。いつもなら、和真が退屈だと言えば、トランプでもしようかと言いだす人だった。
和真は電波を探して、窓の方へ立ち上がった。
「座ってて」
姉の声が、思ったより鋭かった。和真はカーテンに手をかけたまま、振り返った。

七海(知っている) 和真(知らない)
持っている情報 石垣からしみ出す水という危険の手がかり ほとんどない。電波が弱いこと
感情 恐怖。それを弟に悟られないための緊張 退屈といらだち。最後に、姉の変化への戸惑い
注意の向く先 雨音の下の低い音。背を向けた窓の向こう 電波。姉のいつもと違う様子
体の感覚 茶が冷めたことにも気づかないほど、耳に集中している ほとんど書かない。最後に、手がカーテンで止まる
読者の体験 危険を知った上で、いつ来るかを待つ 何かがおかしいと、和真と一緒に気づいていく

どちらの視点を選ぶかで、読者が味わう怖さが変わります。

  • 七海の視点では、読者は危険を知っています。怖さは「いつ来るか」「弟を守れるか」に向かいます。
  • 和真の視点では、読者は危険を知りません。怖さは、普段と違う姉の様子から「何かがおかしい」と感じる不気味さになります。和真の体の反応をほとんど書かなくても、姉の鋭い声一つで場面は張りつめます。
  • 前の場面で石垣の水を読者に見せておき、この場面は和真の視点で書く、という組み合わせもできます。読者は危険を知っているのに、和真はそれを知らずに窓へ近づく。人物と読者の情報の差が、そのまま緊張になります。

七海の「座ってて」は、恐怖を抱えた人物が、守る相手に対してとる行動です。恐怖の反応は逃げる・固まるだけでなく、誰かを止める、かばう、普段どおりを演じる、といった形もとります。人物の立場と性格で選びます。

恐怖が高まると、注意は狭くなる

恐怖が強まる場面では、人物の目と耳に入るものを絞って書く方法があります。危険のありかと、逃げ道と、守りたいもの。それ以外を書かずにおくと、読者も人物と同じ所しか見られなくなります。この記事では、これを注意の「狭まり」と呼びます。

恐怖の頂点で店内を見渡す描写を、狭まった注意へ

修正前

男が台を叩いた。瑞希は怖くなった。店内には古い本の匂いがただよい、棚には文庫本や全集がぎっしりと並んでいた。窓の外では車が行き交い、遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。壁の時計は七時五十二分を指していた。

修正後

男が台を二度叩いた。
指の爪が、一枚だけ黒く割れていた。
瑞希の目は、その指から離れなかった。男の向こうの出口までは、七歩。いつもは数えたこともない距離だった。

変更の理由

  • 修正前は、瑞希が最も怖いはずの瞬間に、語りが落ち着いて店内を見渡しています。匂い、棚、窓の外、時計と、目に入るものが広いほど、人物が平静であるように読めてしまいます。
  • 修正後は、目に入るものを男の指と、出口までの距離の二つに絞りました。指は危険のありか、出口は逃げ道です。「いつもは数えたこともない」で、恐怖によって見え方が変わったことを示しています。
  • 店内の匂いや棚の様子は、男が来る前の、まだ何も起きていない場面に置くと効きます。広い描写から狭い描写へ移ることで、狭まりがはっきりします。
  • 閉店時刻が筋に関わるなら、時計は残してかまいません。その場合も「八時まであと八分」のように、瑞希にとっての意味が分かる形にします。

狭まった注意の向け先として選びやすいのは、恐怖なら「危険のありか」「逃げ道」「守りたいもの」、緊張なら「自分の手元や体」「相手の表情や動作」です。練り切りの作例で、圭の注意が親方の一つ一つの動作と、作業台をつかむ自分の手に集まっていたのは、緊張の狭まり方です。

身体反応は、段階ごとに一つ選ぶ

身体反応は、恐怖や緊張の強さを伝える手段です。ただし、どんな反応が出るかは人によって違い、同じ人でも場面によって違います。危険の最中は落ち着いて動けた人が、終わってから手が震えだすこともあります。反応は医学的に決まった症状として扱うのではなく、その人物とその場面に合うものを選ぶ材料として考えます。

選ぶときは、恐怖がどの段階にあるかで考えると、反応を重ねずに済みます。

段階 起きていること 選びやすい反応 作例での形
違和感 何かがいつもと違う 体にはまだ出ない。していた動作が一つ止まる 蒼がテレビの音を消す
警戒 危険かどうかを確かめようとする 耳や目を一点に向ける。息をひそめる 七海が音の方へ耳を向ける
恐怖 危険がはっきりする、近づく 体の反応を一つ(動けない、声が出ない、手足が冷える等) 瑞希の目が指から離れない
行動 逃げる、固まる、立ち向かう、誰かを止める 人物の性格と立場で選ぶ 七海の「座ってて」
去ったあと 危険が去る、または続く 遅れて来る反応。震えや脱力に後から気づく 次に書く場面へつなぐ

反応を選ぶときは、その人物がその場でしていることと結びつけると、誰にでも当てはまる文になりにくくなります。和菓子職人の見習いなら粉の上の指、本屋の店番ならレジ台、というように、場面の物を通して反応を書きます。

段階ごとの反応の候補をもっと増やしたいときは、『感情類語辞典[増補改訂版]』のように感情ごとに反応をまとめた創作向けの資料も使えます。資料の種類の違いと、引いた反応を自分の文に作り直す手順は、小説に使う類語辞典のおすすめと選び方で比べています。

緊張の場面で反応を続けて書きたいときは、相手の動作と、こちらの反応を一つずつ交互に置く方法があります。練り切りの場面を、この形で書き直してみます。

作例反応を一つずつ、相手の動作の間に置く

親方は、練り切りを黒文字で半分に切った。
圭は作業台の端をつかんだ。
親方が断面を見た。
圭は、自分が息を止めていたことに気づいて、そっと吐いた。
親方は噛んで、飲みこんで、茶を一口飲んだ。
冷蔵庫のうなる音が、やけに大きく聞こえた。

反応は三つありますが、手、息、耳と種類が違い、それぞれが親方の動作の後に一つずつ置かれています。一度に並べると説明になる反応も、時間の流れに沿って散らすと、待つ時間の長さそのものを読者に体験させます。

緊張が解けた瞬間、つまり親方が何か言った後や、危険が去った後の書き方は、小説で安心・安堵を描写するにはで、緊張の前後の対比として扱っています。待つ間の沈黙や、声を出せない時間を書きたいときは、小説の沈黙の描写が使えます。

練習同じ部屋を、知っている人と知らない人で書く(25分)

  1. 自作の中から、人物が何かを待つ場面を一つ選びます(知らせ、相手の帰り、結果など)。
  2. その場面で恐れられているもの(または緊張の元)を一つ決め、読者に見せない情報を一つ決めます。
  3. 事情を知っている人物の視点で、注意の向く先を二つに絞って五〜八文で書きます。
  4. 同じ時間を、事情を知らない人物の視点で書きます。知らない人物には体の反応をほとんど書かず、知っている人物の普段と違う様子だけを見せます。
  5. 二つを読み比べ、作品の中でどちらの怖さが必要かを選びます。

確認表恐怖・緊張の場面の確認表

  • 人物が何を恐れているか(何に緊張しているか)が、場面の中の物や人で示されている
  • まだ見えない情報が一つは残っている(正体・位置・意図・結果・時刻のどれか)
  • 人物の思考は、誰でも思いつく心配ではなく、その場の状況に根ざしている
  • 恐怖の頂点で、語りが周囲を広く見渡していない
  • 身体反応は段階ごとに一つ。続ける場合は種類を変え、出来事の間に散らしている
  • 反応を、病気や症状の名前で説明していない

自分で情報を削った結果、怖さが伝わったのか、ただ分かりにくくなったのかは、書いた本人には判断しにくいところです。原稿があり、迷いが残る場合は、読み手に「この場面で何が怖いと思ったか」「分からなくて困った所はあったか」を尋ねると、残す情報と明かす情報の線を引き直せます。尋ね方は小説の感想を依頼するには?で扱っています。有料の講評を頼むなら、講評・添削の依頼メモに、読者に見せずにおいた情報が何かを書き添えておくと、講評する人が「わざと伏せた所」と「説明が足りない所」を分けて読めます。依頼先の違いは小説の添削はどこに頼む?で比べています。